「平気?」

「まあ。歩くとそこそこ痛いけど、泣き叫ぶほどじゃないよ。実際、試合中も一瞬何の音かわからなかったし」


 彼氏の江角(えすみ)隼人くんが前十字靭帯断裂、簡単に言えば靭帯損傷という故障をしてしまったときを、私は目の当たりにしていた。

 大学の推薦が決まった彼は、引退以来ここ最近ちょくちょく慕われる後輩からの要望でチームの練習に呼ばれるようになっていて、引退までマネージャーをしていた私も都度都度それに呼ばれていたのだ。

 今度、後半たちが冬の大会で直接対決する強豪校との試合だった。欠員補助の為ベンチにいた彼は現役顔負けの走りを見せたのに、そのあと呆気なく倒れた時、私を含め誰も事態が読めなかった。


「でもさ、なかなか聞くことないよな。あんなロープが切れるみたいな音するんだな、人の靭帯が切れる時って」

「やめてよ、私そういうのダメなんだから」

「あは、ごめんごめん。ま、でも全治3、4週。しばらくは直立一足歩行で頑張るっきゃないよ」


 それに葉留といられる時間が増えて幸せ、と肩に頭を寄せてくる隼人くんに苦笑いをしていると、しばらくして寝息が聞こえてきた。疲れていたのかもしれない。簡単なひとだ。彼の寝息を聴きながら、私は心のどこかでここではないどこかに焦がれている、と自分を冷静に見つめていた。






 羽があるのにどうしてペンギンが空を飛べないのかかに未だに疑問を抱く時がある。私を納得させる為に水族館に連れて行ってくれた母の気遣いに、当時小学生の頃の私はかえって絶望してしまった。

 ペンギンは空を飛べた。水の中、羽を広げる様が空を飛ぶ鳥そのものだったからだ。まるで人間を揶揄するようなその光景を目の当たりにするたび、息をするように、ふと、私は、「    」と思うのだ。