私は生まれた時から、この店で生活している。いつの間にか生まれて、この店に気づいたら存在していた。生まれた時のことなんて、誰でも覚えていないのが普通だから、お母さんのことは覚えていない。毎日たくさんのお客さんが来て、私たちのことを見て笑いかける。本当にちゃんと育ててくれるのかまだ幼い私はとても不安になる。

 私は、なるべくならば優しい人にもらってほしいと願う。親は自分では決められないとは言うけれど、実際育てる人を自分では決められない。運が全てで、どんな人が買っていくのかもわからない。私たちは商品として売られてしまうのだ。私の存在を値段で表現されるのは正直むかつく。でも、店の人たちは私たちを売ることで、生活しているのだから仕方はない。犯罪ではないのだし、育ててくれる親を探してくれているだけなのだと思い直す。

 たまに幼児や小学生くらいの子供を連れて来る親がいて、兄弟が欲しいから見に来たのかなと思ったりする。欲しいから生まれるわけではないし、生むことができる年齢も決まっている。老夫婦が私たちを真剣に見極めている時もあって、きっと優秀な子供がほしいのだろうと思う。本当の子供ではないけれど、お金と愛情をかけて私たちを育てようとしてくれる大人たちには感謝するべきなのだろうが、セールとなっている少し大きな子供を見ると少し胸が痛む。小さい時のほうが値段が高いのは見た目がかわいいからなのだろう。大きくなると商品価値は下がり購入者が減る。だから、値段を下げてもらい手を探すということだろう。

 私たちはセール品じゃないのに。価値はいくばくも下がってなんかいない。それなのに、店の人たちは自分たちの利益しか考えられないなんて全くもって腹立たしい。私は値下げしましたと書かれた値札を見て、憤りを感じた。

 向かいにいる女の子はいかに自分がかわいいかをアピールするのに必死だ。そうかと思えば、無邪気に寝てばかりいる奴もいるし、たまに一緒の部屋になった者とケンカばかりしているものもいる。ちょっとしたからかいが怒りに触れるってこともある。

 たまにここを脱走しようと試みるものもあるが、そう簡単に脱走できないように作られているので、今まで完全なる脱走に成功した者はいない。店員は私たちの人権を何だと思っているのだろう。鉄壁に守られた部屋は脱出不可能だということだ。それを考えるとため息がでる。そして、涙も流れる。まだ私は幼い。大人になったら陽の光を浴びて自由を満喫できる生活ができるのだろうか。それは購入者次第だ。

 購入者にはネグレクト(育児放棄)する人や私たちを捨てる者もいるらしい。責任能力がないのに買うなんて本当に馬鹿な人がいたものだ。命の大切さを理解するべきだ、学ぶべきだと思うが、そういった人々に心の声が届くはずもない。

 私たちはプライバシーが侵害されている状態があたりまえだと洗脳されてしまったのかもしれない。私はいつかここを出て、自由で楽しい生活をしてみたい。そして親の愛を知らないので、家庭の温かさというものを感じてみたい。それは大きな願望で希望だった。

「この前、ここを去った子がいたよね。あの子のうちには他にもたくさん子供がいて、関係を築くのが難しいとここに来た時に不満を漏らしていたよ」

「そういえば、ちらっと兄弟たちとここに来たよね。兄弟ができるっていいことばかりじゃないんだね」

「レンタルされたときにすきをみて脱走した奴もいたけれど、すぐ捕まったらしいよね。完全脱走は無理ってことか」

「レンタルはまだ私は小さいから経験がないんだよね。もっと大きくなると可能だって聞いたよ。レンタルされたら少しは外の空気が吸えるよね」

「でも、いいことばかりじゃないって。悪い奴も外には多いし、逃げたとしても食料も金もなければ生きていくのは厳しいと思うぞ。だったらここでぬくぬく食事と適温な環境で生活していたほうが幸せなんだと思うぞ」

「たしかに、この店は危険な物から守ってくれているというのはあるよね」

「昔聞いた話だと、ここに比較的長くいた兄貴が買っていった人に捨てられたということもあったらしいな」

「それって犯罪じゃない?」

「奴らは子供を甘く見過ぎなんだよ」

 閉店後の店内では子供たちが意見を交換する。深夜は議論する場となっていた。お互い部屋から出られないので、声で存在を確認する。むかえの部屋だと様子が見える子供もいるが、基本的にみんな狭い部屋で何不自由なく暮らしている。3面が囲まれた世界が当たり前となっていた。日光は当たらないし、天気もわからない。自然の風も入ってこないけれど、エアコンで室内の温度は快適に保たれている。それを不自由と感じるのか感じないのか。これによって生活に対する満足度はだいぶ変わってくる。

「はじめてのレンタル希望のお客様が来たよ」
 店員がにこやかにほほ笑んだ。ようやく脱出する機会ができた。私は心から喜ぶ。しかし、それは自由とまではいかないという現実を知る。

 迎えてくれたのは年配の女性だ。この人、私の部屋をじっと見ていた記憶がある。優しそうな白髪の初老の女性は肩にかけたショールが似合う上品で優しそうな人だった。

 しかし、ちゃんと仕組まれていたのだ。逃げられないように手はずを整えた上で外に連れ出された。はじめてのお出かけは、知らない人と不自由な状態で実現する。私が思い描いた自由はない。でも、初老の女性はにこにこしてかわいがってくれるので悪い気はしない。

 カフェに行って、のんびりくつろぐ。人や車にあふれた街の空気は思ったほどおいしいものではない。これならば空気清浄機のある室内の空気のほうがおいしい。

 客はさびしいのだろうか? 子供がほしいのだろうか? 一人暮らしなのだろうか。そうでもなければお金を払ってまで、レンタルなんかしないだろう。この人はさびしい人で、それを癒すのが私の役目なのかもしれないなんて変な情が湧く。悪い人ではなさそうだ。

 私には人を癒す力があるのかもしれない。それは、きっと私にしかできない力だ。そんな自分の力を感じる。目と目で通じ合う。

 店に戻ると、女性は思わぬことを口にする。
「この子を買います」
 私を必要としているのだろうか。
 女性は優しい視線でこちらを見る。

 私に選ぶ権利はない。もし、欲しいといった人が悪人でも拒否する権限はない。きっと私はラッキーだ。そして、女の子がこっちにやってきた。小学生くらいだろうか。

「新しく家族になる子ってどの子?」
「この子よ。かわいいでしょ」

 明るく優しそうな少女が姉になるのか。私は安堵する。
 ほんの少しだけ店の外が気になる。自分の足で歩きたい。だから、手薄になった時に私は脱走することに成功した。とは言っても、あの家族が嫌なわけではなく、すぐに戻るつもりだった。

 ところが、店の外にはたくさん車が走っていて――私は確認するという交通ルールを知らなかったので、そのまま車と衝突しそうになってしまった。寸でのところで何とか無事だった。

「大丈夫? 車は危ないから、こっちへおいで」
 少女は笑う。
「何かあったら他の子を買うしかなかったね。気に入っていたのに」
 軽々しく他の子を買うなんて言ってほしくない。

「名前決めた。チャルピーだよ」
 カタカナか。悪くないな。外国人風ってことかな。私は納得する。

「茶色の毛並みがかわいいよね。あと白い毛の部分も」
「そうね。しっぽがなくてコーギースマイルに癒されるわ」

 私は犬だったらしい。鏡で見たことはないから、いわゆる人間だと思い込んでいたけれど、鏡の前に立つと改めて結構かわいい顔しているなぁと思うんだよ。かわいいって最強だよね。