「今日は一般的な喫茶店でお茶をしながら会話を楽しむ模擬デートを実践します」
女の瞳は大きく鋭い。きっとたくさんの男性と経験があるのだろう。
何をいまさら喫茶店デートなんて、馬鹿にしているの? という言葉が聞こえてきそうだった。これほど美しいのだ。彼氏なんて何人でもいただろう。
「映画館という手もありますが、会話が続かないという方にはお勧めしています。しかしながら、今回は会話の練習として、あえて喫茶店という場所で実践いたします」
女はつまらなそうな顔をしている。きっと模擬デートなんていいから、早く相手を紹介してほしいのだろうな。
怪訝そうな顔をする美女と俺は、静かな喫茶店に入った。
昔からある趣のある喫茶店で、うちの会社の模擬デートはここと決まっている。色々アドバイスするのが仕事だが、きっと恋愛慣れしていそうだから、今日はアドバイスするまでもないな。ファッションセンスも抜群だし、このスタイルならどんな服も格好よく着こなせる。
ファッションに疎い会員にはカラーコーディネート講座だとかファッションアドバイス講座の受講を勧めることも多々あるのだが、その必要はないよな。むしろ、こんな美人と本当のデートができたらいいのに……。
彼女の髪はサラサラで、横髪をかき上げるしぐさはいい女を三割増しさせる。
何、緊張しているのだ、俺はアドバイザーだぞ、大事なお客様なのに。
「飲み物何にします?」
「ホットコーヒーで」
「じゃあ俺も同じものを」
「このような場合は、同じものを頼んだほうが、共通の話題を産みやすかったりするのです。味を共有することは結構大事だと弊社のマニュアルでは説明されています」
彼女はただ見つめるだけだ。
それはそうだろう。デート経験のあるいい女にこんなこと説明するほうが、野暮だよな。
「以前、会員様でレモンティーを頼んだ方がいたのですが、レモンをお見合い中にしゃぶってそのままお皿に置いたのですが、それが相手の女性の印象を悪くしたらしく、破談となってしまいました。お見合いの席では、レモン一つが命取りになるのです」
なんとなく、最近あった本当のお見合い失敗談を話してみた。すると、堅かった彼女の表情はほころんだ。
「私は、レモンごときで相手を計ったりしませんけど」
少し笑いながら彼女はようやく少し心を開いてくれた。
「もしも、今日、レモンをあなたが頼んで、レモンを舐めても、そんなことで嫌いにはなりませんよ」
彼女の言葉遣いがいつもより優しく感じられた。
「あ、そうですよね。あなたは今更デートの練習など必要のない人なのに……すみません」
「ここの売りは模擬デートでしょ」
「まぁそうですけれど、何度もデートの経験のある方に今更申し訳ないというか」
「そんなに経験豊富に見えますか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……。あなたのような美人が結婚相談所を利用するなんて珍しいというか」
彼女の表情が固まった。まずい、俺、何か悪いこといったか??
「私は美人ではありませんし、お世辞を言われる筋合いはございません」
まずい、怒らせてしまったか? アドバイザーなのに、へっぽこな自分がどうしようもない。今日は自分らしい冷静さがないように思う。相手が美人で心を開かない、読めない女性だろうか。俺のほうが模擬デートの練習をしないとだめじゃないか?
「あと、模擬デートでのアドバイスを普段は行っているのですが、必要ないですよね」
「必要ないとなぜ言い切れるのですか?」
やっぱり怒っている。特別待遇したつもりが、相手にとってはマイナスに!!
「アドバイス、致しましょうか」
「当然です。会員なのですよ」
「相手の話を上目使いでうなずきながら聞くという行為は、男性にとって聞いてくれる女性ということで好印象を持たれることが多いです」
なんだ? この美女、メモ取り始めたじゃないか。俺がじっとメモ帳を見つめてしまった。
「何か? 不都合があるのなら、メモはとりません」
「いえ、そのようなわけではないのですが……」
美人なのに、やけに熱心だな。この女。
「話が途切れた時は、無難な季節や天気の話、共通の趣味があるか探るのも一つです。音楽や好きな本の話題を振ってみると案外気が合うかもしれません。
例えば、最近どんな本を読みましたか? 休日はどのようにお過ごしですか? というように聞くことは有効な手段です」
美女は聞き入っているようだ。熱心にメモを取っている。
「僕があなたに質問してみますね。最近、どんな本を読みましたか?」
「……私、漫画を主に読んでいまして。少年漫画のバトルのある話が好きなのです」
美女は意外な回答をしてきた。予想外だ。
「僕も少年漫画は好きです。例えばどんな漫画ですか?」
「私は、昔連載していたどんどん強敵が出てくるたびに主人公が戦いながら強くなるお話が今でも好きで……ドラゴンカードを集めています」
実はオタクか? 意外だな――って俺もそのカード集めているけれど、誰にも話していない趣味なんだよな。女性に話しても、興味ないって言われるのがおちだし。オタクだと思われてひかれるのも嫌だし。
「僕も実はその漫画を全巻持っていて……カードも集めています」
「これ、あくまでセールストークですよね。リアルじゃなくて、例えばっていう話?」
「マジです」
俺は少し照れながら、真顔で答えた。
「どのキャラクターが好きですか?」
美女が食いつくように質問してきた。
「俺は、変身した後に合体したキャラクターが好きで」
「どの技がお好きですか?」
「指一本で攻撃する技が一番推しですよね」
ダメだ、マニュアル通りにいかない。素になっているぞ、俺。
「私は親子で魂が一つになって攻撃した時が感動しました」
美女は顔色一つ変えずに話す。よくわからないけれど、盛り上がっている。趣味が合うオタク同士の会話だ。婚活レッスンじゃないじゃないか。
「次回レアカードゲットしたので持ってきます」
少し嬉しそうに美女が小声でささやく。
俺は幻のレアカードが見てみたくて、
「絶対持ってきてください」
なんて言ってしまった。
これ、仕事だけれど、素で楽しんでいるじゃないか。
「次回絶対持ってきますね」
「期待しております」
そんなこんなで、模擬デートは終了したのだ。
なんだろう、この、楽しい気持ちは。
女の瞳は大きく鋭い。きっとたくさんの男性と経験があるのだろう。
何をいまさら喫茶店デートなんて、馬鹿にしているの? という言葉が聞こえてきそうだった。これほど美しいのだ。彼氏なんて何人でもいただろう。
「映画館という手もありますが、会話が続かないという方にはお勧めしています。しかしながら、今回は会話の練習として、あえて喫茶店という場所で実践いたします」
女はつまらなそうな顔をしている。きっと模擬デートなんていいから、早く相手を紹介してほしいのだろうな。
怪訝そうな顔をする美女と俺は、静かな喫茶店に入った。
昔からある趣のある喫茶店で、うちの会社の模擬デートはここと決まっている。色々アドバイスするのが仕事だが、きっと恋愛慣れしていそうだから、今日はアドバイスするまでもないな。ファッションセンスも抜群だし、このスタイルならどんな服も格好よく着こなせる。
ファッションに疎い会員にはカラーコーディネート講座だとかファッションアドバイス講座の受講を勧めることも多々あるのだが、その必要はないよな。むしろ、こんな美人と本当のデートができたらいいのに……。
彼女の髪はサラサラで、横髪をかき上げるしぐさはいい女を三割増しさせる。
何、緊張しているのだ、俺はアドバイザーだぞ、大事なお客様なのに。
「飲み物何にします?」
「ホットコーヒーで」
「じゃあ俺も同じものを」
「このような場合は、同じものを頼んだほうが、共通の話題を産みやすかったりするのです。味を共有することは結構大事だと弊社のマニュアルでは説明されています」
彼女はただ見つめるだけだ。
それはそうだろう。デート経験のあるいい女にこんなこと説明するほうが、野暮だよな。
「以前、会員様でレモンティーを頼んだ方がいたのですが、レモンをお見合い中にしゃぶってそのままお皿に置いたのですが、それが相手の女性の印象を悪くしたらしく、破談となってしまいました。お見合いの席では、レモン一つが命取りになるのです」
なんとなく、最近あった本当のお見合い失敗談を話してみた。すると、堅かった彼女の表情はほころんだ。
「私は、レモンごときで相手を計ったりしませんけど」
少し笑いながら彼女はようやく少し心を開いてくれた。
「もしも、今日、レモンをあなたが頼んで、レモンを舐めても、そんなことで嫌いにはなりませんよ」
彼女の言葉遣いがいつもより優しく感じられた。
「あ、そうですよね。あなたは今更デートの練習など必要のない人なのに……すみません」
「ここの売りは模擬デートでしょ」
「まぁそうですけれど、何度もデートの経験のある方に今更申し訳ないというか」
「そんなに経験豊富に見えますか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……。あなたのような美人が結婚相談所を利用するなんて珍しいというか」
彼女の表情が固まった。まずい、俺、何か悪いこといったか??
「私は美人ではありませんし、お世辞を言われる筋合いはございません」
まずい、怒らせてしまったか? アドバイザーなのに、へっぽこな自分がどうしようもない。今日は自分らしい冷静さがないように思う。相手が美人で心を開かない、読めない女性だろうか。俺のほうが模擬デートの練習をしないとだめじゃないか?
「あと、模擬デートでのアドバイスを普段は行っているのですが、必要ないですよね」
「必要ないとなぜ言い切れるのですか?」
やっぱり怒っている。特別待遇したつもりが、相手にとってはマイナスに!!
「アドバイス、致しましょうか」
「当然です。会員なのですよ」
「相手の話を上目使いでうなずきながら聞くという行為は、男性にとって聞いてくれる女性ということで好印象を持たれることが多いです」
なんだ? この美女、メモ取り始めたじゃないか。俺がじっとメモ帳を見つめてしまった。
「何か? 不都合があるのなら、メモはとりません」
「いえ、そのようなわけではないのですが……」
美人なのに、やけに熱心だな。この女。
「話が途切れた時は、無難な季節や天気の話、共通の趣味があるか探るのも一つです。音楽や好きな本の話題を振ってみると案外気が合うかもしれません。
例えば、最近どんな本を読みましたか? 休日はどのようにお過ごしですか? というように聞くことは有効な手段です」
美女は聞き入っているようだ。熱心にメモを取っている。
「僕があなたに質問してみますね。最近、どんな本を読みましたか?」
「……私、漫画を主に読んでいまして。少年漫画のバトルのある話が好きなのです」
美女は意外な回答をしてきた。予想外だ。
「僕も少年漫画は好きです。例えばどんな漫画ですか?」
「私は、昔連載していたどんどん強敵が出てくるたびに主人公が戦いながら強くなるお話が今でも好きで……ドラゴンカードを集めています」
実はオタクか? 意外だな――って俺もそのカード集めているけれど、誰にも話していない趣味なんだよな。女性に話しても、興味ないって言われるのがおちだし。オタクだと思われてひかれるのも嫌だし。
「僕も実はその漫画を全巻持っていて……カードも集めています」
「これ、あくまでセールストークですよね。リアルじゃなくて、例えばっていう話?」
「マジです」
俺は少し照れながら、真顔で答えた。
「どのキャラクターが好きですか?」
美女が食いつくように質問してきた。
「俺は、変身した後に合体したキャラクターが好きで」
「どの技がお好きですか?」
「指一本で攻撃する技が一番推しですよね」
ダメだ、マニュアル通りにいかない。素になっているぞ、俺。
「私は親子で魂が一つになって攻撃した時が感動しました」
美女は顔色一つ変えずに話す。よくわからないけれど、盛り上がっている。趣味が合うオタク同士の会話だ。婚活レッスンじゃないじゃないか。
「次回レアカードゲットしたので持ってきます」
少し嬉しそうに美女が小声でささやく。
俺は幻のレアカードが見てみたくて、
「絶対持ってきてください」
なんて言ってしまった。
これ、仕事だけれど、素で楽しんでいるじゃないか。
「次回絶対持ってきますね」
「期待しております」
そんなこんなで、模擬デートは終了したのだ。
なんだろう、この、楽しい気持ちは。