「結婚したいのですが」
 美人だが、気の強そうな女が道場破りのごとく現れた。
 
「ここは結婚相談所ですから、そんなことはわかっておりますが」
 俺は、婚活カウンセラーとして女性を担当している。ここは、婚活カウンセラーは基本異性と決まっているのだ。女性には男性。男性には女性。相談所に来るお客様は異性に不慣れな場合が多い。異性に慣れてもらうというためにも敢えて若いカウンセラーを設置している。
 
 俺はここの社長の息子だが、大学を出て2年目のため、現場でカウンセラーとして働いている。仕事は結構面白い。様々なお客様とのコミュニケーションも面白いのだが、親父の会社経営の戦略もこの業界にしては珍しいことばかりだ。
 たいていの相談所というのは一般的にお見合いおばちゃんが担当するのだが、ここは若い異性というこだわりを持ち、あえてデート練習もしている。

 アドバイスもわが社ならではの的確な基準を設けている。アドバイス通りにすれば、基本、恋愛して、結婚できる。そのようなシステムになっている。もちろん仕事なので私情は挟まない。
 
「あなたみたいな若い男が担当になるってわけ?」
 気の強そうな女は、気迫で仁王立ちしている。とても結婚相手を見つけに来たとは思えない。
 
「お客様、まずはこちらのシステムを説明して納得していただいた上でご入会するかどうかを決定していただきます」
 
「細かいことはいいから、入会決定でお願いします」
 椅子に腰かけたかと思うと長い脚を組んで腕組みして、実に偉そうな態度だ。美人だが、こんな女性が結婚できるのか、少々不安である。
 
「会費のご説明をさせていただきます」
 
「会費なんていくらでも払うから、いい男紹介してよね」
 実にシンプルでわかりやすい直球型のようだ。
 
「では、相手へのご希望は? 年収、学歴などこちらへ明記してください」
 
「学歴や年収でいい男の基準が決まるわけでもないでしょ。そういった希望はないわ」
 
「じゃあ実際にお写真を見て決めていただきますか?」
 
「あなたが決めてよ」
 この客、実に厄介だ。こういった女に限って、後々文句つけてくるクレーマー系の予感がした。気が強そうで自信家でお金に困っていない、そのような女性で婚活したいという人は結構珍しい。
 
 異性と話すことが苦手な気弱な優しいタイプの女性が多く、全然自分に自信が持てないので、服装からアドバイスしてほしいなどという会員は男女問わず割といる。目の前にいるような女は、恋愛結婚型のため、あまりここで遭遇したことはない。苦手なタイプだが、将来会社を背負うためには、様々なタイプに適応できないといけないだろう。
 
「まずは、入会申込書にあなたの経歴や個人情報や趣味などをご記入くださいませ」
 女はボールペンを持つとすらすらときれいな文字を書いた。このような女は雑な字を描くような気がしていたので、正直驚いた。繊細で華奢な文字なのだった。この女、こう見えて実は繊細なのだろうか? 文字には意外性というものが付きまとうものだ。
 
「あなた結婚していないの?」
 ずいぶん直球な質問をするな。俺はたじろいだ。
 
「あいにくしてはおりませんが」
 
「結婚してもいない人がアドバイザーになるなんて笑っちゃうわね」
 たしかにこの女の言うことは正しいと思った。
 
「しかし、独身の異性と話をしたり、模擬デートをすることで、練習していただくという弊社の考えでございますから」
 
 女の瞳は大きく鋭く視線をそらさない。
 こちらのほうが視線をそらしてしまったではないか。