俺は人間に戻ることを諦めた。なぜならば、自分以外の人間になっても仕方ないということに気づいたのだ。諦めの境地にたどり着き、チェンジすることの無意味さを感じて俺は祠の中で過ごしていた。すると、祠の前にしょっちゅう来ている様子の女子が神に話しかけて来る。よく知っている奴だ。というか、こんなところに来ていたのか? 豊村あいか。

「豊村か?」
 俺はつい、声を出してしまった。
「ええ? いつもと声が違う、この声って神代?」
「もしかして前の神と話した事があるのか?」
「でも、なんで神代がここにいるの? さっき学校にいたよね」
「実は、中身が入れ代わったんだよ。信じてもらえないかもしれないけれど、俺は昨日から神になったんだよ」
「神様って急になれるものなの?」
 かなり驚いた様子の豊村。大きな瞳をさらに大きくする。

「神に選ばれたとか言われたけど、はめられたらしい。今は俺の体を元神が使っているんだ」
 ため息交じりに俺は事の全容を話した。

「私、時々ここにきて、神様に話しかけていたんだ。そして、姿は見えないけれど、優しい神様と話すことは私の楽しみとなったの」

「お前にそんな趣味が合ったとはな。俺はどうだった? 元気にしていたか?」
 俺の本体のことが気にかかる。

「なんかいつもと違って静かだったよ。それに、私にやたら話しかけてくるから変だとは思ったの」
「俺がちゃんと生きていれば元に戻ることができるから、俺の体をちゃんと見張っていてくれよな。そういえば、元神様ってどんな人なんだ?」
 俺はほとんど知らない元神様を知る幼馴染に聞いてみる。

「優しいよ。学校の話とか親切に聞いてくれたよ」
「ねがいをかなえるとかそういった話は?」
「私はそこまでのおねがいもないから、ただ話をしただけ。なんでもかなえる力があるとは聞いたことはあるけど。いじめとか恋愛とかそういったことを神様にお願いするのは違うと思うから」
「いじめに遭っているのか?」
「女友達ができにくいんだよね。空気が読めないから、仲良くできないみたい」
「そんなことないぞ。お前はしっかり者だしさ」

 珍しく俺が豊村を褒める。すると、頬を赤らめてうつむきながら質問する。

「私のことかわいいとか思ったことないの?」
 思ってもみない話が舞い降りる。俺は困惑していた。
「それは……」
 神としてかわいいとは言うべきじゃないよな。俺個人としてもそういった外見的なことを言うのは間違っているしな。

「ごめん。やっぱり空気読めないんだよね。ストレートすぎるのかな」
「そんなことないって。女子ってちょっとしたことで仲間はずれにしようとするからな。空気読めないとかそういったものは適当に理由をつけているだけだろ」

「だからって俺がなんで神になったんだろうな。神様がお前に惚れたのかもしれないな。だから、幼馴染の俺になってお前と仲良くなりたいとかいう理由じゃないか?」
「そうなら、許せない。神代の体を乗っ取るなんて。でも、神代が神になったおかげでこうやって久々に向き合って話ができたね」

「豊村っていう名字はこの町で有名だよな。ここが村だったときに村を豊かにした神様の末えいっていう話だよな。おまえの力で俺を救ってくれ」
 神なのに人間に救いを求める俺は何もできない、無能で形のない生き物だった。

「伝説では私の先祖が豊かにした村ってことだけどね。あの祠の神様は封印された男っていう話を聞いた事があるの。若い男が昔封印されて、それ以来この村を守ることになったっていうのが伝説なのよ」
「でも、あいつは最初に封印された神ではないらしいぞ」
「何人も神様が入れ代わっているのはありえるのかもしれないね。神代のために、私は願うよ。神代を元に戻してあげるよ」
 心強い本体のある人間の言葉だった。俺には肉体がない。だから、無力なんだ。全知全能の神は自分に対してとても無力だ。

「全知全能って言っていたけれど。力の使い方がわからない。どうやったら豊村のねがいをかなえられるんだろう?」
「じゃあ神様のこと調べてあげるよ。元に戻ったら私と付き合って」
「え……」
 俺は困惑した。でも、元に戻るならば豊村の協力が必要になる。
「神代、移動できるなら私と一緒に図書館で調べよう。祠の歴史」

 この町には古い小規模な図書館がある。そこには古い資料も保管されているので、調べることは可能だろう。図書館なんて行ったこともない俺は、はじめてづくしだ。女子と出かけたこともないわけで。しかしながら、肉体はない。だから、誰にも俺のことは見えない。

 俺の体は気体のようなものだ。触れることはできない。でも、少し豊村の髪の毛に触れてみる。実際指も存在しないが。少し、風が起こる。彼女の髪がゆれた。そんなことで、自身の存在を確認する俺。今はそんなことでしか自分の存在を確認できない。神様ってのは不便だな。

 資料室で古い文献を調べることにした。俺の手足となってくれている豊村には感謝しきれないな。
「ここにあったよ。なんだかとんでもない伝説みたい。元々女好きな男が何人もの女性と浮気をしていた。女性たちの修羅場に巻き込まれて女性に殺された。その男をそれでも愛した女が祠を建て、その男を祀った。その女性はその祠と共に一生を終えた」

「バカな男だな。そんなやつに一生入れ込んだ女がいたとはな。というか、あれって最初は神様じゃなかったということか? でも、どうして俺のねがいをかなえられたんだろうな。実際俺の妹が健康になったり、100点満点を取ったり、あいつが全部やってくれたぞ」

「その男を愛した女性が元々魔術のような力を持っていて、毎日祠に魔術らしきものをかけていたという目撃談がある、だって。何かしらの力を持ってしまったのかもしれないね」
「あいつが、何代目かは知らないが、その神の術を受け継いだのかもしれないな」

 豊村を自宅まで送っていると。変な男がこちらにやってきた。どうやら変質者なのだろう。豊村に近づいてくる。目つきもあやしいし、行動も変だ。怖い。男が至近距離に近づいてきた。でも、俺に肉体はないし、神の力の使い方もわからない。目の前にいる人間の一人すら守れないなんて、なんて不甲斐ないのだろう。

「どこかに行って!!」
 怖くなった豊村が叫ぶと、男が消えた。豊村のねがいを俺がかなえたらしい。ということは、本当に心からねがえば、俺はその人のねがいをかなえることができるってことか。

「ありがとう、神代」
「俺、神の力使っちまったか? なんとなくだけど、使い方がわかったような気がする」

「明日、学校で偽神代と接触してみる」
「今日は私の部屋にいてよ。体が戻ったら家族にばれちゃうから、神の特権でしょ」
 俺は、彼女と一晩過ごした。神だから、風呂だってのぞこうと思えば見ることが可能だが、俺はそんなことはしない。俺は気体なので、空気みたいなものだ。存在しているが、存在証明はできない。俺の声は、豊村にしか聞こえないはずだ。彼女の体をすり抜けることはできるが、そんなことはしない。豊村になんだか失礼だろう。それに、俺自身が恥ずかしいからすり抜けることはしなかった。

 翌日、俺も一緒に学校についていった。俺の本体の無事を確認したかったのもあるし、様子が気になったからだ。普段ならばさぼることができてラッキーだという気持ちくらいだが、今日はクラスのみんなに会えたことがとてもうれしい気持ちになった。元神は俺のことに気づいていないらしい。もう特別な能力がないのだから。

「豊村、今日一緒に帰らない?」
 早速誘ってきたな。元神。俺の体を使いやがって。もちろん気づかないふりの豊村。演技がうまいな。
「いいよ」
 豊村は笑顔で誘いに乗った。

 放課後の二人は甘酸っぱい香りがする。俺は天のほうから見ているだけだが。なんとなく付き合っているのかなという距離感が初々しい。

「豊村って俺のこと好き? 俺と付き合わない?」

 突然の元神の告白の直後、豊村は心からねがいを込めて訴えた。
「私からお願いがあるの、神代の魂を元に戻して!!! あなたは祠に戻って!!!」

 その瞬間神である俺の力が存分に発揮されたようで、光が放たれる。俺の魂が体に戻ったようだった。俺は、自分の手足の感覚を確認した。自分の体だ。

「ありがとう。元の姿に戻ったよ。豊村のおかげだ」
 俺はうれしくなり、つい豊村を抱きしめた。
「よかった!!!」
 豊村も俺に抱き着いてきた。俺は勢いで少し強く彼女の体を抱きしめた。

「あーあ、また神に戻っちまったじゃないか」
 神の声が聞こえた。

「神になんてなっても、ひとつもいいことなかったぞ」
 俺は、騙されたうらみをぶちまけた。

「そうだろ、全知全能の神って言ってもな、他人に恩恵を与えるだけなんだ。スーパーボランティアなんてつまらないから人間に戻りたくなったんだよ。つかの間の人間生活だったよ」
 ため息交じりの全知全能の神。

「お前は何代目なんだ?」
 ため息交じりの神に俺は問いただす。

「二代目だよ。初代は私として生きているよ。だから、うまくだまされてくれる人間を探していたんだがな。おとなしく祠に戻るとするか」

「豊村のこと好きだったんだろ?」
 その問いに神が答える。
「唯一の話し相手で優しい子だ。豊村あいかだけが私の心の癒しになった。この子が好きなおまえとうまくいくように俺が神代になってやろうと思ったんだがな。結果うまくいったようじゃないか。抱きしめあう仲になるとはな」

 俺たちは言われて我に返り、抱きしめあう手を振りほどいた。

「知らない誰かのためにいいことをするのが神の仕事だ。そんな仕事やってみたい奴がいるのか? なかなかいないんだよ。自分に何もメリットもないんだ。初代神は魔術を使える女に愛されていたらしく、不思議な力を持ったらしい。元々は墓だったらしいぞ。神ができるきっかけは人間の拝む力だ。それさえあれば、普通の人が神になるのだ。実際私もこの町の住民に崇められているおかげで神を名乗っているようなものだからな。幸せになれ」

 お人好しの二代目は神に戻ることを決意したようだった。まだ自分の肉体があるにもかかわらず。頭脳の使い方が下手だから初代に利用されたのかもしれない。

「待って、私のお願いを聞いて。二代目の神様が自分の体に戻って初代の神様がまた祠に戻れ!! 山田が死んだことはなかったことにして!!」

 すると、光が放たれ、そこにいたはずの神が消えた。多分、ねがい通り、元の体に戻ったのだろう。馬鹿な2代目の神が自分の体に戻る術はこんなに簡単なことだったのに。改めて頭脳の使い方次第で生き方が変わるということを知らされた。神様の力の使い方は頭脳次第で有意義にもなるし、有害にもなるだろう。初代は誰かに乗り移って生きていたらしい。

 それ以来、二度と神の声は聞こえなくなった。しかし、あの祠だけは誰かが掃除をしているらしく、誰かが花やお供え物を置いていく。そして、誰かが自身のために手を合わせて祈る。それが神の定めなのだろう。俺たちは、あれ以来交際することになり、一緒に祠の横を通る。時々、祠に向かってがんばれよと手を振る。俺は神の仕事の大変さと理不尽さがわかったので、神社などでお願いを一方的にすることはなくなった。無償で知らない人のためにねがいをかなえる神が大変だろうから。