忍坂姫は、雄朝津間皇子の部屋の前までやって来た。
(とりあえず、お礼だけでも言わないと)
「雄朝津間皇子、忍坂姫です。突然来てしまって済みません。中に入っても宜しいでしょうか」
忍坂姫は部屋の外から、彼に声をかけた。
すると中から皇子の声が聞こえてきた。
どうやら彼は部屋の中にいるようだ。
「あぁ、そのまま中に入って来て構わないよ」
皇子からそう返事が返ってきたので、忍坂姫は部屋の中に入った。
彼女が部屋の中に入ってみると、彼は普通に部屋でくつろいでいる感じのようだった。
そして彼の前まで来ると、そのままその場に座った。
「あぁ良かった。やっと目が覚めたようだね。君も今日は色々と気を張っていたんだろう。今俺が見る限りでも顔色は良さそうだし、本当に安心したよ」
そう言って彼はホッとしたような表情を彼女に見せた。
「さっき、伊代乃から聞きました。何でも私が気を失ってから、皇子がここまで運んでくれたそうで。その...有り難うございました」
忍坂姫は、皇子にそうお礼を言った。今回皇子にこんな事をさせてしまった事に対して、本当に申し訳ないと思う。
「まぁ、そこまで大変じゃなかったし。あと途中で日田戸祢の家から出てきた房千嘉とも鉢合わせして、彼には馬を運んで貰ったよ。千佐名との事があったので、彼が進んで手伝ってくれると言ってくれたんだ」
(そっか、房千嘉まで協力してくれていたのね。また今度彼にもお礼を言わないと)
忍坂姫は皇子のみならず、房千嘉にまで助けて貰っていた事を知った。彼にはその後どうなったのかも気になるので、また会って話してみたいと思った。
「はぁ、本当に何から何まで済みませんでした」
(これは何かお礼でもしないと)
「皇子、何かお願いしたい事とかあったらおっしゃって下さいね。今回の事もありますし。その、変なお願い事じゃないもので……」
忍坂姫は以前、何でもするなんて言って散々な目にあった。
「あぁ、ありがとう。また何かあったらお願いするよ。もちろん変な事は言わないから安心して。また君に嫌われたくはないんでね」
雄朝津間皇子は少し苦笑いしながら、彼女にそう言った。
それを聞いた忍坂姫は少し安心した。また皇子に変な事を要求されたら、どうしようかと思ったからだ。
(今自分で言って思い出したわ。あの時は私不意に皇子に口付けられたんだっけ。
当時は酷く混乱していたから、その事については今まで余り考えないでいた)
彼女はふとあの時の事を、急に思い出してしまった。
雄朝津間皇子は、急に忍坂姫が話さなくなったので少し不思議に思った。
そして彼がふと彼女の顔を見ると、少し動揺しているふうにも思えた。
「忍坂姫、どうかしたか?」
彼がふと忍坂姫の頬に触れると、彼女が一瞬ビクンと震えた。
少し緊張させてしまっているみたいだ。
(今これ以上すると、怯えさせてしまうか)
雄朝津間皇子はそう思って、ふと彼女の頬から手を離した。
最近彼女への接し方には、かなり気を使うようにしていた。
「とりあえず、君に何か不安にさせるような事は要求しない。これからだんだん薄暗くなるだろうから、今日はもうゆっくり休んだら良いさ」
雄朝津間皇子は忍坂姫に優しくそう言った。彼自身今は彼女に余計な不安を与えたくはない。
忍坂姫はそんな皇子の優しさにとても嬉しさを感じた。彼だって疲れているかもしれないのに。
(この人は何だかんだで、人に対する思いやりはとてもある方なのね)
「雄朝津間皇子、有難うございます。ではお言葉に甘えて、今日はもう部屋に戻って休む事にします」
忍坂姫はそう言って立ち上がると「では、皇子失礼しますね」と言って、彼のいる部屋を出ていった。
そして雄朝津間皇子は、そんな彼女の後ろ姿を少し切ない目で見送っていた。
忍坂姫は部屋へ戻って再び横になってから、考え込んでいた。
「やっぱり今回は皇子に迷惑を掛けているし、何かお礼をさせて頂こう。でも皇子が喜ぶ事って何だろう?」
忍坂姫はああでもない、こうでもないと色々考えていた時、ふと台の上の鏡を見た。
「鏡を見たら教えてくれるのかな……いや、今回は自分で考えてみよう」
それから彼女はふと思い付いた。雄朝津間皇子は、何分外に出掛ける事がとても多い。なので、その際に使う餌袋を作ってはどうかと考えた。
餌袋とは、鷹狩りに際して携行した、鷹のえさや獲物を収める竹かごの容器のような物だった。
それ以外に菓子や出先で食べる食料等も入れたりする事もある。
「そうだわ!そう言った物は多くても困る事ないし、折角なんで自分で作ったもの皇子にあげよう。そこまで大きい袋じゃなければ時間も余り掛からないだろうし」
忍坂姫は昔からそう言った物は衣奈津から作り方を教わっていた。そこまで上等な物が作れる訳ではないが、通常使う分に関しては問題なかった。
「じゃあ、早速明日製作に取り掛かる事にしよう!材料等は申し訳ないけど、伊代乃に頼んで用意してもらったら良いわ」
明日は恐らく、ずっとその作業に追われる事になるだろう。
市辺皇子も、明日は使用人に面倒を見てもらうようお願いしたら、特に問題はない。
そう決めると、忍坂姫はそのまま再度眠りに付く事にした。
翌日、忍坂姫は早速餌袋作りに取り掛かる事にした。
伊代乃は、まさか皇女である忍坂姫がそんな物を作るとは、最初とても驚いた。
だが雄朝津間皇子への贈り物と言う事を聞いて、それならばと材料となる細い竹を持ってきてくれた。
幸い竹は宮にもあったらしく、宮の者に事情を説明して少し分けてもらえたようだ。
そして彼女は自分の部屋にこもって、黙々と作業を始めた。
「頑張ったら今日中には出来そうね。折角だし、市辺皇子の分も作って上げよう」
こうして、忍坂姫は順調に餌袋を作っていった。
そんな中、雄朝津間皇子が宮を歩いていると、市辺皇子がブラブラしている所を見つけた。どうも彼は少し元気が無さそうだった。
(うん?あいつ1人でどうしたんだ)
そう思った彼は、市辺皇子の元にやって来た。そしてそんな元気の無い彼に声を掛けた。
「おい、市辺、お前どうかしたのか?」
すると市辺皇子は、雄朝津間皇子を見て言った。
「今日朝から、忍坂姫が部屋でやりたい事があるって言って、ずっと部屋にとじ込もっているんだよ。何でって聞いても教えてくれないし……」
そう言って、市辺皇子はシュンとした。どうやら忍坂姫に構ってもらえないのが、寂しいようだ。
(忍坂姫が、部屋に閉じこもりきり?)
雄朝津間皇子は思わず首を傾げた。彼女は朝から部屋にとじ込もって、一体何をしているのだろう。
ただ彼女の事だから、普通の姫がやらないような事をしているような気はする。
「まぁ、別に部屋で寝込んでいる訳じゃないんだろう。本人が何かしたいと言ってやっているようだし、しばらく様子を見たら良いんじゃないか?」
市辺皇子はそれを聞いて、とりあえずコクコクと頷いた。
「仕方ないな。じゃあ今日は俺がお前の遊び相手になってやるから、それでお前も機嫌を直せ」
市辺皇子はそれを聞いて、急にはしゃぎ出した。雄朝津間皇子に遊んでもらえるのはどうも久しぶりのようだ。
それから彼は、市辺皇子とおっ駆けっこをしたり、肩車したりとして、色々と遊んでやっていた。
すると、気が付けば夕方に差し掛かっていた。流石に遊び過ぎたと思った彼は、市辺皇子を連れて部屋の中に戻ろうかと思った。
そんな時だった。
彼の目線の先に忍坂姫が立っていた。そして彼女は皇子2人を見つけて、自分達の元にやって来た。
雄朝津間皇子がそんな忍坂姫を見ると、彼女は腕に布で何か包んだ物を大事そうに持っていた。
(一体何を持って来たんだ?)
彼は彼女が持っている物が何なのか少し不思議に思った。
「忍坂姫、君が腕に持っているそれは何なんだ?」
雄朝津間皇子は、思わず彼女にそう聞いた。
すると、忍坂姫は少し照れながら布の中にあるものを取り出した。そしてそれを彼に差し出した。
「これ、雄朝津間皇子にあげようと思って」
忍坂姫にそう言われて、彼はそれを受け取った。そして彼が見てみると、それはどうやら餌袋のようだった。
「昨日の件で、やっぱり何かお礼がしたいなと思って自分で作ってみたの。皇子外に出ることが多いでしょう?だから良いかなと思って」
忍坂姫は少し緊張気味にして言った。どうやら受け取った皇子の反応を酷く気にしているようだった。
そんな彼女を見て、今日部屋にとじ込もってやっていたのは、きっとこれを作っていたのであろうと彼は理解した。
まさか皇女がこんな物を作っていたとは流石に驚きはしたが、彼は純粋にこの贈り物が嬉しいと思った。
「お、俺の為にわざわざこんな物を……」
雄朝津間皇子は余りの事に、じーと彼女が作った餌袋を見ていた。見た目もとても綺麗で、きっとかなり丁寧に編み込んで作ったのであろう。
(雄朝津間皇子、なんかやたら袋を見てない?)
「そ、その、皇子に気に入って貰えたら良いんだけど……」
忍坂姫は少し小さな声で彼に言った。
すると皇子はそんな彼女を見て、嬉しさの余り思わず彼女を抱きしめた。
「忍坂姫、本当に有難う!とても嬉しいよ!!」
そう言って事あろうに、さらに彼女の頬に口付けまでしてきた。
忍坂姫はいきなり彼に抱きしめられて、さらに頬に口付けまでされてしまい、酷くどぎまぎしていた。
「ち、ちょっと、皇子。どさくさに紛れて何してるんですか!!市辺皇子もいるのに」
忍坂姫はそう言って、彼から無理矢理自分の体を離した。
そして市辺皇子は、そんな雄朝津間皇子と忍坂姫のやり取りをただただ呆然と見ていた。
「叔父上、良いな~僕もその袋欲しい」
市辺皇子的には、そんな2人のやり取りよりも、彼女が作った餌袋の方が気になるようだ。
「あ、ごめんなさい、市辺皇子。皇子の分もちゃんとありますよ」
彼女はそう言って、もう1つ作ってあった餌袋を彼に渡した。
市辺皇子の袋は、雄朝津間皇子よりも少し小さめに作ってあった。
それを受け取った市辺皇子は「やった!」と言って、その場でとても喜んでいた。
彼は自分だけ作ってもらっていた訳ではなかった事を知り、若干面白くないような表情をしていた。
「とりあえず、これは本当に有難う。今後使わせて貰うよ」
雄朝津間皇子は笑顔でそう答えた。
自分の為だけに作っていなかった事は少し残念ではあるが、市辺皇子の気持ちもしっかりと考えている彼女は、本当に優しい娘だと彼は思った。
「皇子に、そこまで喜んで貰えるとは正直思ってませんでした。でも喜んで貰えたようなら、本当に良かったです」
忍坂姫も笑顔でそう答えた。
忍坂姫からしても、この皇子の反応は少し意外だった。だが今回は彼に喜んで貰いたい一身で作っていたので、とりあえず良しとする事にした。
そう忍坂姫が思っていると、市辺皇子がまた横から彼女の手を引っ張って言った。
「ねぇ、2人共そろそろ部屋に戻ろうよ。夕飯の頃じゃない?」
市辺皇子はその時間になると、しっかりとお腹がすくみたいだ。
「あぁ、もうそんな時間なんだ。じゃあ今日は3人で食べるとしようか」
そう言って、雄朝津間皇子は珍しく市辺皇子の手を握った。
そしてそんな市辺皇子の反対の手は、忍坂姫の手を握っている。
彼は両手を握って貰えて、どうもとても喜んでいるようだった。
こうして3人は仲良く、手を握ったまま部屋の中へと戻っていった。
この時代、隣の半島の国から多くの渡来人が渡って来ていた。
そしてその人達は、大和付近の様々な地域に住むようになった。
そんな彼らは大陸からの技術や物、建築、知識等様々なものを伝えてくれる。
瑞歯別大王のいる丹比柴籬宮から、馬で少し行った所にも、沢山の渡来人が住んでいた。
そしてその半島から、今回ある1人の男が複数の同伴者を率いてこの国にやって来ていた。
「この国に戻って来たのは6年ぶりか。聞いた話しによると、前の大王が崩御し、あの弟皇子が大王になったと聞く。あの忌々しい皇子が」
そう発言した男の名は嵯多彦と言って、元々は豪族葛城の者だ。
6年前、大和に復讐をしようと計画をしたが、当時まだ皇子であった瑞歯別大王によって失敗に終わり、その後隣の半島に逃れていた。
「あの男には、必ず復讐してやる。その為にわざわざ戻って来たんだ」
すると嵯多彦の横に1人の男がやって来た。どうやら彼の同伴者らしい。
「ここが倭国か。初めて来たが、中々活気があって良さそうだ。
何でも、この国は今の王になってからは泰平の世で、とても平和だと聞く」
彼はどうやら半島の人間らしく、この国に来たのは初めてのようだ。
「大炯、そんな事は俺が知った事ではない。まずは今の大王に対しての復讐だ。お前もそれに協力すると言うから、連れて来てやったんだからな」
嵯多彦は隣にいる大炯に対して、少し苛立った。彼は元々半島で殺し屋を生業にしており、そんな彼の腕を買って嵯多彦は仲間に誘い入れた。
「もちろん、それは協力する。ただ俺のいた国はずっと戦の絶えない有り様だった。だからこの国のような平和な治世下の中で暮らせる人々は恵まれている。そんな国に少し興味もあったからな。
それと噂で聞いたが、以前この国には聖帝と呼ばれた王がいたそうだな」
それを聞いた嵯多彦は、さらに怒りが込み上げてきた。
「あぁ、今の大王の父親の事だ。人々はその大王の偉大な功績を称えて、聖帝と呼んでいた。だが俺からしたら、そんなやつの事はどうだって良い!」
嵯多彦は怒りの余り、その場にあった土器を思わず叩き壊してしまった。
(人々から聖帝と称えられた大雀大王。俺も数回しか見た事がないが、あの磐之媛が心の底から惹かれた男だ。そしてその息子達が今の大和を支えている)
嵯多彦は瑞歯別大王をまず抹殺する事で、大和王権を揺らがせ、それから徐々にこの王権を衰退へと持っていこうとしていた。
そして大和王権が倒れてしまえば、恐らく周りの豪族同士で争いが起こり、倭国内で大混乱になる。
それに半島で倭国を征服したいと考える者達もいる。あとはそいつらに任せたら良い。
瑞歯別大王への復讐、それが今の彼の全てだった。
(今の俺には何の権力も無いし、兵を持てる力もない。であれば、頭を使って動くしかないからな)
嵯多彦はそんなふうに考えていた。そして酷い悲しみを抱いて死んでいった磐之媛の無念を、何とか晴らしてもやりたかった。
そして嵯多彦はその計画を実行する為、しばらくこの辺りに滞在する事にした。瑞歯別大王のいる宮もここからさほど離れていないと聞く。
そんな中ふと彼はある事を思い出した。
(そう言えば、今の大王は妃を1人娶り、その后との間に1人の姫をもうけたと言っていたな。何でもその妃は吉備の姫だとか)
その時嵯多彦の脳裏には、ふとある1人の娘の顔が浮かんできた。
「それはきっとあの吉備から来た娘の事だろう。やはりあの男は、あの娘を自分のものにしていたようだな」
嵯多彦はそんな事を思う中、もう後戻りは出来ないと思っていた。
この復讐の為に自分は半島に行き、そこで6年間も生きてきたのだ。
そんな事を思いながら、嵯多彦は大炯を連れて他の同伴者達の元へと向かって行った。
雄朝津間皇子は、瑞歯別大王に付き添って、百舌鳥野付近に来ていた。
この辺りは渡来人が多く住んでおり、大和はそんな彼らから様々な技術や知識を得ていた。
さらにここから少し行った先には、彼らの父親である大雀大王が眠っている。大王の墓とて、渡来人からもたらされた技術がなければ、中々作るのは難しかっただろう。
今回大王達がここに来たのは、最近倭国に来る渡来人が急激に増えだした為、その視察を予てやって来ていた。
「話しには聞いていたが、この辺りは本当に半島から来た人間が増えたようだ」
瑞歯別大王は、そんな渡来人達を見ながら思った。大和としては彼らの高い技術や知識を得る為、彼らを拒む事なく受け入れる事にしている。
この時代、倭国の大王は半島のさらに奥にある大陸の宋に、遣宋使を使って貢物を持って参上していた。
それは宋の冊封体制下に入って官爵を求める為だ。
冊封体制に編入されると、両国の間で君臣関係が成立する。
倭国の大王は、宋の皇帝に対して臣下としての礼節を守らないといけない。
大王は宋からの出兵要請があれば応じ、隣国が宋に使者を派遣する際には妨害をしてはならない。
宋の皇帝は、その代わりに倭国が外敵から侵略される場合に、これを保護する責任を持つ。
こうする事で、宋の先進的な技術や知識を得られると共に、皇帝の威光を借りることによって大和の周辺の豪族を抑え、倭国内の安定を図る目的があった。
そして瑞歯別大王は、この度宋の皇帝より【安東将軍 倭国王】に除正された。
除正とは、宋の皇帝より称号を授与される事を意味する。
「本当にそうだね。今後は外の国との関係維持はかなり重要になってくると思う。それに倭国内の他の豪族達とも、安定的に政り事を行っていきたい」
瑞歯別大王の隣りで、雄朝津間皇子がそう言った。彼も何だかんだで大和の将来を気にしているみたいだ。
大王は、彼にもっとこの国の事を真剣に考えて貰うきっかけになればと、今回連れてくる事にした。
仮にもし自分に何かあれば、次の大王はこの弟が有力になるであろう。
(叔父の稚野毛皇子も皇族の皇子だが、何分彼は人が良すぎるからな)
「まぁ今回の視察は、この地域でおかしな動きがないかの確認で来ているだけだ。渡来人は、自分達の国を追われてやって来た者達ばかりだ。不穏な動きがあってはならないからな」
瑞歯別大王はそう答えた。
だが彼が見ている感じでは、今の所特に悪い感じには見えない。
「それにしても、まさか俺までここに来る事になるなんて思ってもみなかったよ。元はと言えば、忍坂姫がここに来たいなんて言うから……」
雄朝津間皇子はその場でガクッと肩を落とした。
この話しのそもそもの発端は2日前の事である。
雄朝津間皇子の元に、瑞歯別大王から一緒に渡来人の視察に行かないかと連絡があった。
「はぁ、俺はそんなの行かないから、断っておいて」
余り表だって政り事に関わりたくない皇子は、やんわりその話しを断ろうと思った。
(別にそんなの、兄上達だけで行ったら良いだけだろ)
しかし、それを横で聞いていた忍坂姫は彼に言った。
「そんな皇子、折角の大王からのお誘いなのに……それに私もその視察には興味があります。皇子が行かないのであれば、私が行ったら駄目ですか?」
今この娘は何と言ったんだ。大王自らが出向いての視察に、事もあろうか皇女自身が行きたいなんて、普通ではあり得ないことだ。好奇心旺盛にも程がある。
「忍坂姫、一体何を言っているんだ!!渡来人達が沢山いる所への視察なんて、皇女の君に行かせられる訳ないだろ!!!」
雄朝津間皇子は驚きの余り、珍しくその場で叫んだ。
(皇子、何もそこまで怒鳴らなくても……)
忍坂姫は皇子にそう言われて、思わずシュンとした。
彼女自身、まさか彼がここまで怒るとは思ってもみなかった。
「はぁー、君に視察に行かせるぐらいなら自分が行くよ」
その後色々と話し合いをした結果、やはり雄朝津間皇子だけが視察に向かう事になった。
視察先から少し行った所に瑞歯別大王の住んでいる丹比柴籬宮があるので、忍坂姫にはそこにいてもらう事にした。
忍坂姫も瑞歯別大王の妃に会えると言う話しだったので、これでどうにか納得してもらえたようだ。
(今度という今度こそは、ついに大王の妃に会えるのね。あれだけ大王が素敵な方なのだから、その妃もきっと素敵な女性なんでしょう。それにそんな2人の話しを色々聞けるかもしれない)
忍坂姫はそう思うと、何だかとても楽しみになってきた。
そんな彼女を横で見ていた雄朝津間皇子は、思わず「はぁー」とため息を付いていた。
(これは絶対に、何か色々と考えてる感じだな……)
そして当日、忍坂姫をまず大王の宮に連れていき、それから雄朝津間皇子は瑞歯別大王達と一緒に視察に向かう事になった。