私はお金持ちのお嬢様と言われる部類の女子大学生。でも、お金で買えないものがある。それは、愛。実は、大学の同級生で気になる人がいる。澤本君は、とてもかっこいいし、理想が高いという噂。手も足も出ない太めな体型な私が考えたのは、お金で自分を変えること。
恋愛とか彼氏やときめきはお金で買えるものではない。しかし、私は彼氏を作るべくお金で解決することにした。お金をかけてダイエットをする。今65キロあるから50キロくらいになれば割とモテると思うと自画自賛する。顔は悪くないし、礼儀作法や教養はばっちり。向かうところ敵なしだと自己を高評価する。自分が変わるための一世一代の大作戦。ダイエット教室でテレビでも有名なイケメン先生に個人レッスンしてもらうことにした。彼には食事の指導から運動まで手取り足取り教えてもらう。テレビでも見た事があるけれど、彼の細マッチョな筋肉は惚れ惚れしてしまう。
今日は有名な先生と初対面の日。まずは第一印象としてピンクのワンピースでお出迎えする。準備は万端。
インターホンが家敷に響く。我が家の大きな一戸建てにはトレーニングジムやプールも完備されている。広い敷地にはあらゆるものが揃っているけれど、私の贅肉は全くなくなる気配がない。これは、プロのダイエットの先生に個人指導してもらうしかない、そして素敵な彼氏をゲットするべくミッションは遂行される。
「こんにちは、ダイエット出張講師の久世です」
先生はいつでも運動できる格好をしてやってきた。ザ・スッポーツマンである。やっぱりイケメンすぎる。生イケメンを見ることはなかなかない。目の保養をしないと。もちろん、同級生の片思いの澤本君だって同じレベルでかっこいい。
「私が依頼した太岩恭子です」
「あんたが依頼者か、まずは簡単に食事について説明した後、トレーニング方法についてレクチャーするから、着替えてこい。だいたいそんな格好でダイエットするつもりかよ。間違ってもフリフリのスカートは履いてくるんじゃねーぞ」
噂通りの毒舌だ。物事をはっきり言う。
「このワンピース、おこのみじゃなかった?」
「好み云々じゃねーだろ。運動できる格好しろ」
ストレートな物言いは少しばかり怖くもある。男の気迫を感じるが、気にしない素振りを見せる。
「大好きな同級生のためにダイエットをして告白したいんです。少しでも美しくかわいくなりたいんです」
「わかった。食事について指導をする。まず、この太り方からいくと、一日のカロリー限度を超えている。食べる量より運動量が少ないということだろ」
「おっしゃる通りです。食べることは私の趣味ですから」
堂々と開き直る。
「いいか、食べることは美を作る最大の方法であり、最も効果のある行為だ。筋肉を作ることも食べることが基本だ。食べる順番も大事だ。最初に野菜、魚や肉のあと、最後に炭水化物だぞ。とりあえずレシピのコピーを置いておく。これを参考にして、自分で作れ」
「だってうちにはお手伝いさんがいるしぃ」
「甘ったれるな!! 甘ったれた結果がこの贅肉満載の体だ。自力で作る、体を動かす習慣を作れよ」
「タンパク質をたっぷり? サプリでいいでしょ?」
「サプリは空腹をみたさねーだろ、その楽しようとする姿勢を1から鍛え直してやる。俺の指導は厳しいぞ、ついて来れるか?」
真剣そのものの顔は気迫に満ちている。噂に聞く鬼の形相だ。早速久世先生は運動について指導を始めた。
「運動について説明する。有酸素運動がダイエットには効果的だ。有酸素運動とは、走ったり歩いたりっていうような持続的な運動のことだが、筋肉をつけていると太りにくい体質になる。体質改善はリバウンドを生みにくい体にするってことだ、よって筋肉をつけることは最重要課題でもある。運動の後にタンパク質を摂取するのが効果的だ」
「まずは初心者向けの有酸素運動だ、準備運動からするぞ」
その場でストレッチの見本を見せる久世先生の柔軟な体は、さすが鍛えているだけはある。筋肉の引き締まりが理想的なのだ。あれくらい、引き締まれば、きっと澤本君は振り向いてくれるはず。
「おまえ、やる気あるのか? 途中で辞めても返金はしねーからな。俺はどの生徒に対しても平等に接する。その人の地位や名誉は関係ねー」
そんなことを言いつつ手取り足取りの厳しいレッスンは続く。
鬼のような久世先生が恋愛感情を持った事があるのだろうか?
「好きな人に告白するんだろ? ここで頑張らなきゃ理想の体にならないんじゃないのか」
へこたれそうなときにはうまく激励する。この人の匙加減は意外とうまい。
部屋にある大きな鏡を見るとおぼれそうな魚の顔をしている私がいる。この顔を見たら、澤本君にフラれてしまうこと確実だ。いや、あんな顔を見て好きになる男性はいないだろう。私の顔は真っ赤になり、汗だくになり、非常に苦しい顔をしていたのだ。ひととおり終わった後に私は死んだ魚の目をしていたと思う。肥えた魚だ。しかし、鬼の久世先生の指導は終わらない。変わらない態度で接して来るr。どんな見た目でも軽蔑しない人のようだ。
「少し休んだら筋トレを伝授する、スクワットは太ももの広い筋肉を使うから有効だぞ。しかし、やり方をまちがいると足腰を痛めるからな。膝は足の指より出ないように! そして、自分で毎日運動プログラムを宿題として出す。そして、おえたあとは、毎回メッセージを送って来い、食事を作ったあとも、写真を撮ってここに送ること」
久世先生は名刺を差し出した。そこにはQRコードがあり、先生の連絡先が読み取れるシステムだ。正直のメニューはきついけれど、それに耐えると心に決める。全ては澤本君への愛のため。
「先生、私にできるかな」
不安な気持ちが募る。3日坊主の私がやりこなせるのだろうか。
「俺は忙しいんだ。全国から依頼が殺到しているんだ。澤本君だっけ? その人のためにがんばれ」
「なぜ、その名前を?」
「さっき無意識に名前を呼んでいたからな。相当好きなんだろ」
にやりと激励する久世先生。
死にかけた魚に告白される澤本君は災難だと思うが、ここで辞めたら本当に死んだ魚になってしまうかもしれない。
「目標体重になった時には澤本君に告白しろ」
「私は付き合うことができるのでしょうか」
「さあな」
そう言うと先生は次の仕事があるということで颯爽と帰宅準備をはじめた。
こんなに頑張って断られたらどうしようと不安ばかりがのしかかる。
これから週に3回は久世先生が自宅に来てくれる。そして、半年後? 1年後? 痩せた私が告白したら澤本君はなんて答えてくれるのだろう?
レシピを参考に食材を買いに行ってみる。肉ではなく、大豆を肉に見立てた料理をつくるため、おからパウダーを購入する。大豆にはタンパク質と女性ホルモンが豊富。
先生のアドバイスが丁寧に記されていた。ダイエットをするとカルシウムが不足して骨がもろくなるので、食事の際は1日1回は牛乳を必ず飲むこと。牛乳には糖質を抑える働きがある。
さすが、ダイエットのプロだけあって、とても詳しい。メモを見ながら、知識を入れながら買い物をする。おからにはかさまし効果、満腹効果、肉の代わり……色々あるらしい。おからパウダーで糖質オフ。ダイエット中もハンバーグだって食べることができる。
意外とおいしそうなメニューがレシピには並べられている。写真付きで食欲がそそる。糖質オフの基本と筋肉を作るための健康的な食事がたくさんあることを知る。知らないことを教えてくれる魔法のレシピ。久世先生の特製のレシピには女を美しくさせる秘訣が満載だった。
そこには『食べることは美の基本』と書かれていた。
それから、毎日報告以外にも私の自撮り写真やらどうでもいいことをメッセージに書き込む。先生にウザイと思われても生徒なのだ。そして、孤独なダイエットの闘いを共に闘ってくれる先生がいることは思ったより心づよい。澤本君にもメイクをちゃんとして、かわいい服装で声をかけるようにした。すると、彼も笑顔で答えてくれる。やっぱり優しい。
半年くらい経ったころだろうか。ネットの書き込みで知ったことがある。
このダイエット教室が成功しているには訳があって――
生徒たちが久世先生を好きになって美しくなるようにがんばるから成功しているらしい。だから、先生は美しくなったらそこでレッスン終了で、告白されても交際は断って来るということだ。先生らしい淡白さだ。独身なのだろうか? 恋人はいないのだろうか? 鬼の久世が急にデレデレになるなんて想像もつかない。いないだろうと勝手に判断する。
澤本君はかっこいい。あの顔につりあうほど美人でもないし。でも、優しい彼ならば鬼の久世と違って、きっと受け入れてくれそうな想像が働く。初期はずいぶんと脂肪がついていたけれど、今は本当に自分でもうっとりするくらいのくびれが見える。澤本君に女として見られていない寂しさがずっとあって。これは片思いだということには気づいていないわけではない。でも、当たって砕けたいと思った。何もしないで砕けるよりずっとまし。はじめての交際。一体どんな感じなのだろう。恋に憧れているのかもしれない。なにせ、初の告白で、初の交際となるのだから。
最後のレッスンのときに、はじめて先生にありがとうと感謝の言葉を述べる。スレンダーな体になったのは自分だけでは絶対に無理だった。何か月も一緒に一生懸命共に頑張ったのは先生のおかげだ。
「これで、告白できるな。がんばれ」
意外と笑顔は優しい。笑顔を見せることは滅多にないので超貴重だ。
「告白してきます」
澤本君とはだいぶ仲良くなった。告白のチャンスが到来する。
「私と付き合ってください」
「僕でいいならばよろしくおねがいします」
意外とあっさり成功した。これってダイエットのおかげなのかな。
先生に報告しなきゃ。
「告白、成功しました。ありがとうございました」
「よかったな。おめでとう」
このメッセージを最後に先生との関係は終わった。ずっと一緒に頑張ってきたのはなんだったのだろう。一種の師弟関係を超えた友情があると信じていた。でも、違ったのだろうか。所詮はビジネスだ。
あれ以来、連絡はない。
澤本君とデートをするもときめきがないことに気づく。澤本君は見かけによらず人の悪口を言う人だった。そして、今まで付き合ってきたという歴代の彼女を自慢する。澤本君の何を見て来たのだろう? 全く思っていた人と違う。うわべしか見ていなかった自分に愕然とする。
「もし太っていたら告白は断った?」
「それは当然だよ。デブには興味ないし。君は実家がお金持ちなんだってね。お父さんが偉い人だって聞いたよ。今度遊びに行かせてよ」
澤本君は表だけを見ている人らしい。
実家のことを調べたのだろうか。人を見た目やステータスで評価する。それはとても残念なことで、寂しくなった。そんな時、どんな人にも平等に接する久世先生のことを思い出す。お金をたくさん出すから優しく指導するとかそういったことを一切しない先生。いつも生徒を第一に的確なアドバイスをしてくれた先生。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えません。私にはもっと好きな人がいることに気づいてしまったの」
その場で断る。唖然とする澤本君。その場を立ち去る。
久世先生が、よく行くと言っていた公園へ行ってみる。もしかしたら、ランニングしに来ているかもしれない。でも、先生だって忙しい。そう偶然会えるわけではない。と思ったら――町を一望できる丘の上に先生は立っていた。ランニングの途中休憩だろうか。偶然の神様、ありがとうと心の中で絶叫する。
「先生、何してるんですか?」
驚いた顔をする先生。
「まぁ、傷心を癒しているというか……」
「先生でも傷つくんですか?」
「当たり前だろ」
すぐ怒る。何かあったのだろうか。横顔は少し痩せこけていて、どことなくさびしそうな顔をしていた。
「先生、私、澤本君と別れました」
「……」
「先生のことの方がずっと好きです。付き合った彼は、外見や地位で人を決めつけるの。でも、先生はちゃんと中身を見て接してくれた。だから、気持ちだけでも伝えたいんです」
「……」
沈黙が続く。きっと迷惑だったのだろう。
「すみません。先生にもお相手がいるでしょうし、好きでもない人にこんなこと言われて困りますよね」
「違う。そうじゃない」
どういう意味?
「俺は、おまえの恋がうまくいったと聞いて、ずっと落ち込んでいた。おめでとうと表面上文字で入れても、心がついていかない。自分でもわからない気持ちだった。今まで、そういう気持ちを生徒に抱いたことはないけれど、おまえの頑張りは人並み以上だし、そういった感情を抱いてしまったのかもしれない」
「そういった感情?」
先生の顔が真っ赤になる。
「つまり――好きとか好意を寄せるという感情だ。でも、そんなことを言っている自分が恥ずかしくてどうしようもない」
視線を逸らされる。
「私と、付き合ってください」
目を見て告白する。すると――その瞬間思いもよらないことが起きた。私と先生の距離が近づく。ぎゅっと久世先生がハグをしたのだ。
「俺のそばにいてほしい。会えないと寂しい」
あの鬼の毒舌久我先生が――まさかこんなことを言うなんて。
寂しいと思ってくれていたなんて――夕焼けが二人を照らす。
夜景がきれいな時間になるまではじめて素の先生と話す。
思ったよりもずっとシャイで、優しくて、思いやりがある人だった。
はじめて一緒に見た夜景は1万ドル以上の価値があった。
先生の横顔に笑顔が戻る。
「何か食べに行きますか?」
「また太るぞ」
「今日くらいいいじゃないですか。付き合った初日だし」
「そうだな。俺、実は太った女性が好きなんだ」
先生はさりげなく手をつないだ。思ってもみない意外な行動と言動で、胸が高鳴る。でも、確信した事がある。私はやっぱり久世先生が大好きだ。
恋愛とか彼氏やときめきはお金で買えるものではない。しかし、私は彼氏を作るべくお金で解決することにした。お金をかけてダイエットをする。今65キロあるから50キロくらいになれば割とモテると思うと自画自賛する。顔は悪くないし、礼儀作法や教養はばっちり。向かうところ敵なしだと自己を高評価する。自分が変わるための一世一代の大作戦。ダイエット教室でテレビでも有名なイケメン先生に個人レッスンしてもらうことにした。彼には食事の指導から運動まで手取り足取り教えてもらう。テレビでも見た事があるけれど、彼の細マッチョな筋肉は惚れ惚れしてしまう。
今日は有名な先生と初対面の日。まずは第一印象としてピンクのワンピースでお出迎えする。準備は万端。
インターホンが家敷に響く。我が家の大きな一戸建てにはトレーニングジムやプールも完備されている。広い敷地にはあらゆるものが揃っているけれど、私の贅肉は全くなくなる気配がない。これは、プロのダイエットの先生に個人指導してもらうしかない、そして素敵な彼氏をゲットするべくミッションは遂行される。
「こんにちは、ダイエット出張講師の久世です」
先生はいつでも運動できる格好をしてやってきた。ザ・スッポーツマンである。やっぱりイケメンすぎる。生イケメンを見ることはなかなかない。目の保養をしないと。もちろん、同級生の片思いの澤本君だって同じレベルでかっこいい。
「私が依頼した太岩恭子です」
「あんたが依頼者か、まずは簡単に食事について説明した後、トレーニング方法についてレクチャーするから、着替えてこい。だいたいそんな格好でダイエットするつもりかよ。間違ってもフリフリのスカートは履いてくるんじゃねーぞ」
噂通りの毒舌だ。物事をはっきり言う。
「このワンピース、おこのみじゃなかった?」
「好み云々じゃねーだろ。運動できる格好しろ」
ストレートな物言いは少しばかり怖くもある。男の気迫を感じるが、気にしない素振りを見せる。
「大好きな同級生のためにダイエットをして告白したいんです。少しでも美しくかわいくなりたいんです」
「わかった。食事について指導をする。まず、この太り方からいくと、一日のカロリー限度を超えている。食べる量より運動量が少ないということだろ」
「おっしゃる通りです。食べることは私の趣味ですから」
堂々と開き直る。
「いいか、食べることは美を作る最大の方法であり、最も効果のある行為だ。筋肉を作ることも食べることが基本だ。食べる順番も大事だ。最初に野菜、魚や肉のあと、最後に炭水化物だぞ。とりあえずレシピのコピーを置いておく。これを参考にして、自分で作れ」
「だってうちにはお手伝いさんがいるしぃ」
「甘ったれるな!! 甘ったれた結果がこの贅肉満載の体だ。自力で作る、体を動かす習慣を作れよ」
「タンパク質をたっぷり? サプリでいいでしょ?」
「サプリは空腹をみたさねーだろ、その楽しようとする姿勢を1から鍛え直してやる。俺の指導は厳しいぞ、ついて来れるか?」
真剣そのものの顔は気迫に満ちている。噂に聞く鬼の形相だ。早速久世先生は運動について指導を始めた。
「運動について説明する。有酸素運動がダイエットには効果的だ。有酸素運動とは、走ったり歩いたりっていうような持続的な運動のことだが、筋肉をつけていると太りにくい体質になる。体質改善はリバウンドを生みにくい体にするってことだ、よって筋肉をつけることは最重要課題でもある。運動の後にタンパク質を摂取するのが効果的だ」
「まずは初心者向けの有酸素運動だ、準備運動からするぞ」
その場でストレッチの見本を見せる久世先生の柔軟な体は、さすが鍛えているだけはある。筋肉の引き締まりが理想的なのだ。あれくらい、引き締まれば、きっと澤本君は振り向いてくれるはず。
「おまえ、やる気あるのか? 途中で辞めても返金はしねーからな。俺はどの生徒に対しても平等に接する。その人の地位や名誉は関係ねー」
そんなことを言いつつ手取り足取りの厳しいレッスンは続く。
鬼のような久世先生が恋愛感情を持った事があるのだろうか?
「好きな人に告白するんだろ? ここで頑張らなきゃ理想の体にならないんじゃないのか」
へこたれそうなときにはうまく激励する。この人の匙加減は意外とうまい。
部屋にある大きな鏡を見るとおぼれそうな魚の顔をしている私がいる。この顔を見たら、澤本君にフラれてしまうこと確実だ。いや、あんな顔を見て好きになる男性はいないだろう。私の顔は真っ赤になり、汗だくになり、非常に苦しい顔をしていたのだ。ひととおり終わった後に私は死んだ魚の目をしていたと思う。肥えた魚だ。しかし、鬼の久世先生の指導は終わらない。変わらない態度で接して来るr。どんな見た目でも軽蔑しない人のようだ。
「少し休んだら筋トレを伝授する、スクワットは太ももの広い筋肉を使うから有効だぞ。しかし、やり方をまちがいると足腰を痛めるからな。膝は足の指より出ないように! そして、自分で毎日運動プログラムを宿題として出す。そして、おえたあとは、毎回メッセージを送って来い、食事を作ったあとも、写真を撮ってここに送ること」
久世先生は名刺を差し出した。そこにはQRコードがあり、先生の連絡先が読み取れるシステムだ。正直のメニューはきついけれど、それに耐えると心に決める。全ては澤本君への愛のため。
「先生、私にできるかな」
不安な気持ちが募る。3日坊主の私がやりこなせるのだろうか。
「俺は忙しいんだ。全国から依頼が殺到しているんだ。澤本君だっけ? その人のためにがんばれ」
「なぜ、その名前を?」
「さっき無意識に名前を呼んでいたからな。相当好きなんだろ」
にやりと激励する久世先生。
死にかけた魚に告白される澤本君は災難だと思うが、ここで辞めたら本当に死んだ魚になってしまうかもしれない。
「目標体重になった時には澤本君に告白しろ」
「私は付き合うことができるのでしょうか」
「さあな」
そう言うと先生は次の仕事があるということで颯爽と帰宅準備をはじめた。
こんなに頑張って断られたらどうしようと不安ばかりがのしかかる。
これから週に3回は久世先生が自宅に来てくれる。そして、半年後? 1年後? 痩せた私が告白したら澤本君はなんて答えてくれるのだろう?
レシピを参考に食材を買いに行ってみる。肉ではなく、大豆を肉に見立てた料理をつくるため、おからパウダーを購入する。大豆にはタンパク質と女性ホルモンが豊富。
先生のアドバイスが丁寧に記されていた。ダイエットをするとカルシウムが不足して骨がもろくなるので、食事の際は1日1回は牛乳を必ず飲むこと。牛乳には糖質を抑える働きがある。
さすが、ダイエットのプロだけあって、とても詳しい。メモを見ながら、知識を入れながら買い物をする。おからにはかさまし効果、満腹効果、肉の代わり……色々あるらしい。おからパウダーで糖質オフ。ダイエット中もハンバーグだって食べることができる。
意外とおいしそうなメニューがレシピには並べられている。写真付きで食欲がそそる。糖質オフの基本と筋肉を作るための健康的な食事がたくさんあることを知る。知らないことを教えてくれる魔法のレシピ。久世先生の特製のレシピには女を美しくさせる秘訣が満載だった。
そこには『食べることは美の基本』と書かれていた。
それから、毎日報告以外にも私の自撮り写真やらどうでもいいことをメッセージに書き込む。先生にウザイと思われても生徒なのだ。そして、孤独なダイエットの闘いを共に闘ってくれる先生がいることは思ったより心づよい。澤本君にもメイクをちゃんとして、かわいい服装で声をかけるようにした。すると、彼も笑顔で答えてくれる。やっぱり優しい。
半年くらい経ったころだろうか。ネットの書き込みで知ったことがある。
このダイエット教室が成功しているには訳があって――
生徒たちが久世先生を好きになって美しくなるようにがんばるから成功しているらしい。だから、先生は美しくなったらそこでレッスン終了で、告白されても交際は断って来るということだ。先生らしい淡白さだ。独身なのだろうか? 恋人はいないのだろうか? 鬼の久世が急にデレデレになるなんて想像もつかない。いないだろうと勝手に判断する。
澤本君はかっこいい。あの顔につりあうほど美人でもないし。でも、優しい彼ならば鬼の久世と違って、きっと受け入れてくれそうな想像が働く。初期はずいぶんと脂肪がついていたけれど、今は本当に自分でもうっとりするくらいのくびれが見える。澤本君に女として見られていない寂しさがずっとあって。これは片思いだということには気づいていないわけではない。でも、当たって砕けたいと思った。何もしないで砕けるよりずっとまし。はじめての交際。一体どんな感じなのだろう。恋に憧れているのかもしれない。なにせ、初の告白で、初の交際となるのだから。
最後のレッスンのときに、はじめて先生にありがとうと感謝の言葉を述べる。スレンダーな体になったのは自分だけでは絶対に無理だった。何か月も一緒に一生懸命共に頑張ったのは先生のおかげだ。
「これで、告白できるな。がんばれ」
意外と笑顔は優しい。笑顔を見せることは滅多にないので超貴重だ。
「告白してきます」
澤本君とはだいぶ仲良くなった。告白のチャンスが到来する。
「私と付き合ってください」
「僕でいいならばよろしくおねがいします」
意外とあっさり成功した。これってダイエットのおかげなのかな。
先生に報告しなきゃ。
「告白、成功しました。ありがとうございました」
「よかったな。おめでとう」
このメッセージを最後に先生との関係は終わった。ずっと一緒に頑張ってきたのはなんだったのだろう。一種の師弟関係を超えた友情があると信じていた。でも、違ったのだろうか。所詮はビジネスだ。
あれ以来、連絡はない。
澤本君とデートをするもときめきがないことに気づく。澤本君は見かけによらず人の悪口を言う人だった。そして、今まで付き合ってきたという歴代の彼女を自慢する。澤本君の何を見て来たのだろう? 全く思っていた人と違う。うわべしか見ていなかった自分に愕然とする。
「もし太っていたら告白は断った?」
「それは当然だよ。デブには興味ないし。君は実家がお金持ちなんだってね。お父さんが偉い人だって聞いたよ。今度遊びに行かせてよ」
澤本君は表だけを見ている人らしい。
実家のことを調べたのだろうか。人を見た目やステータスで評価する。それはとても残念なことで、寂しくなった。そんな時、どんな人にも平等に接する久世先生のことを思い出す。お金をたくさん出すから優しく指導するとかそういったことを一切しない先生。いつも生徒を第一に的確なアドバイスをしてくれた先生。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えません。私にはもっと好きな人がいることに気づいてしまったの」
その場で断る。唖然とする澤本君。その場を立ち去る。
久世先生が、よく行くと言っていた公園へ行ってみる。もしかしたら、ランニングしに来ているかもしれない。でも、先生だって忙しい。そう偶然会えるわけではない。と思ったら――町を一望できる丘の上に先生は立っていた。ランニングの途中休憩だろうか。偶然の神様、ありがとうと心の中で絶叫する。
「先生、何してるんですか?」
驚いた顔をする先生。
「まぁ、傷心を癒しているというか……」
「先生でも傷つくんですか?」
「当たり前だろ」
すぐ怒る。何かあったのだろうか。横顔は少し痩せこけていて、どことなくさびしそうな顔をしていた。
「先生、私、澤本君と別れました」
「……」
「先生のことの方がずっと好きです。付き合った彼は、外見や地位で人を決めつけるの。でも、先生はちゃんと中身を見て接してくれた。だから、気持ちだけでも伝えたいんです」
「……」
沈黙が続く。きっと迷惑だったのだろう。
「すみません。先生にもお相手がいるでしょうし、好きでもない人にこんなこと言われて困りますよね」
「違う。そうじゃない」
どういう意味?
「俺は、おまえの恋がうまくいったと聞いて、ずっと落ち込んでいた。おめでとうと表面上文字で入れても、心がついていかない。自分でもわからない気持ちだった。今まで、そういう気持ちを生徒に抱いたことはないけれど、おまえの頑張りは人並み以上だし、そういった感情を抱いてしまったのかもしれない」
「そういった感情?」
先生の顔が真っ赤になる。
「つまり――好きとか好意を寄せるという感情だ。でも、そんなことを言っている自分が恥ずかしくてどうしようもない」
視線を逸らされる。
「私と、付き合ってください」
目を見て告白する。すると――その瞬間思いもよらないことが起きた。私と先生の距離が近づく。ぎゅっと久世先生がハグをしたのだ。
「俺のそばにいてほしい。会えないと寂しい」
あの鬼の毒舌久我先生が――まさかこんなことを言うなんて。
寂しいと思ってくれていたなんて――夕焼けが二人を照らす。
夜景がきれいな時間になるまではじめて素の先生と話す。
思ったよりもずっとシャイで、優しくて、思いやりがある人だった。
はじめて一緒に見た夜景は1万ドル以上の価値があった。
先生の横顔に笑顔が戻る。
「何か食べに行きますか?」
「また太るぞ」
「今日くらいいいじゃないですか。付き合った初日だし」
「そうだな。俺、実は太った女性が好きなんだ」
先生はさりげなく手をつないだ。思ってもみない意外な行動と言動で、胸が高鳴る。でも、確信した事がある。私はやっぱり久世先生が大好きだ。