私たちは結局は同居しているままだ。姉は、そのあと新しい彼氏と同居を開始したらしい。
教師と生徒という関係は3月で終わる。
同居もなくなり、義兄ではないとなれば全くの赤の他人。
4月のころの私ならば、喜ぶのは必至だっただろう。
しかしながら、今の私は、先生が引っ越すということが悲しい事実となっていた。
ある日の夕食の時、それは突然やってきた。
「実は、この近くにいい賃貸マンションを見つけたからそこに引っ越そうかと思っています」
突然の提案に私たち家族は固まった。両親も息子がいないので、実の息子のようにかわいがっていた。
「気を遣わなくても、ここにいてもいいのよ」
母が言った。
「でも、婚約も解消したことだし……申し訳なくて」
「お母さん、息子が欲しかったのよ。いっそ、あかりと婚約しない?」
私はそれを聞いて、飲んでいたお茶を吹き出した。
あまりにも気楽な考えの母の提案に、娘の私がびっくりした。
「このうちは居心地悪い? もし気を遣って言っているなら、せめてあかりが卒業するまでこの家にいてもいいのよ」
「ありがとうございます。もう少し考えてみます」
先生は、読みかけの本を腹の上に置いたまま疲れてソファーで寝ていた。
やっぱり、整った顔をしている。ふと、見ると赤いしおりがある。もしかして、占い師が売りつけたとか大量生産しているものではないのだろうか?
そのしおりを見ると、私のデザインと対比されたデザインだった。二つ合わせると絵が完成する仕組みだ。運命の相手――まさか。私は疑心暗鬼になる。
寝言をいいながら、急に私のことを抱き寄せる……。
「……あ……か……り……」
寝言で、あかりって言ったよね?
「先生、私の夢、見ていたでしょ?」
私の声で眠りから覚めた先生は、間近に迫った私の顔を見て驚く。
「いや……違うけど」
「あかりって名前、呼んでいたよ。さらに抱き寄せるなんてどういうつもり?」
先生の顔が、耳まで真っ赤になって、土下座して謝られた。
「こーいうところが古くさいなぁ。じゃあ、ここのうちにずっといて」
私は上から少し偉そうに命令した。
「でも、赤の他人の俺がそんな図々しいことできないだろ」
「あと数か月で私は卒業するよ。卒業したら付き合っても問題ないよね」
「俺でいいのか?」
「逆に私ではだめかな?」
「だめとか……そーいうわけではなく。……今は担任だから」
「好きなの? 私のこと。寝言で呼ぶくらい」
先生の顔は更に真っ赤になっていた。先生はまっすぐ私の目を見て一番待っていた言葉を言ってくれた。
「卒業したらちゃんと付き合おう」
手を差し出した。初めての握手だ。
あと5分、こうしていたい、その手を少しでも長くつないでいたい。
それは、心が通じた大切な瞬間だった。
「いつから私のこと好きだったの?」
「……忘れた」
困った顔の先生はなかなかかわいい。
私も先生も、この日、握った手を洗えないでいたことは、お互い知らない事実だった。赤いしおりのことは後日聞いてみよう。あれ以来、占い師のおばあさんを見かけることはなかった。何者だったのか今となってはわからない。
教師と生徒という関係は3月で終わる。
同居もなくなり、義兄ではないとなれば全くの赤の他人。
4月のころの私ならば、喜ぶのは必至だっただろう。
しかしながら、今の私は、先生が引っ越すということが悲しい事実となっていた。
ある日の夕食の時、それは突然やってきた。
「実は、この近くにいい賃貸マンションを見つけたからそこに引っ越そうかと思っています」
突然の提案に私たち家族は固まった。両親も息子がいないので、実の息子のようにかわいがっていた。
「気を遣わなくても、ここにいてもいいのよ」
母が言った。
「でも、婚約も解消したことだし……申し訳なくて」
「お母さん、息子が欲しかったのよ。いっそ、あかりと婚約しない?」
私はそれを聞いて、飲んでいたお茶を吹き出した。
あまりにも気楽な考えの母の提案に、娘の私がびっくりした。
「このうちは居心地悪い? もし気を遣って言っているなら、せめてあかりが卒業するまでこの家にいてもいいのよ」
「ありがとうございます。もう少し考えてみます」
先生は、読みかけの本を腹の上に置いたまま疲れてソファーで寝ていた。
やっぱり、整った顔をしている。ふと、見ると赤いしおりがある。もしかして、占い師が売りつけたとか大量生産しているものではないのだろうか?
そのしおりを見ると、私のデザインと対比されたデザインだった。二つ合わせると絵が完成する仕組みだ。運命の相手――まさか。私は疑心暗鬼になる。
寝言をいいながら、急に私のことを抱き寄せる……。
「……あ……か……り……」
寝言で、あかりって言ったよね?
「先生、私の夢、見ていたでしょ?」
私の声で眠りから覚めた先生は、間近に迫った私の顔を見て驚く。
「いや……違うけど」
「あかりって名前、呼んでいたよ。さらに抱き寄せるなんてどういうつもり?」
先生の顔が、耳まで真っ赤になって、土下座して謝られた。
「こーいうところが古くさいなぁ。じゃあ、ここのうちにずっといて」
私は上から少し偉そうに命令した。
「でも、赤の他人の俺がそんな図々しいことできないだろ」
「あと数か月で私は卒業するよ。卒業したら付き合っても問題ないよね」
「俺でいいのか?」
「逆に私ではだめかな?」
「だめとか……そーいうわけではなく。……今は担任だから」
「好きなの? 私のこと。寝言で呼ぶくらい」
先生の顔は更に真っ赤になっていた。先生はまっすぐ私の目を見て一番待っていた言葉を言ってくれた。
「卒業したらちゃんと付き合おう」
手を差し出した。初めての握手だ。
あと5分、こうしていたい、その手を少しでも長くつないでいたい。
それは、心が通じた大切な瞬間だった。
「いつから私のこと好きだったの?」
「……忘れた」
困った顔の先生はなかなかかわいい。
私も先生も、この日、握った手を洗えないでいたことは、お互い知らない事実だった。赤いしおりのことは後日聞いてみよう。あれ以来、占い師のおばあさんを見かけることはなかった。何者だったのか今となってはわからない。