「放っておいて悪かったわね」
「愛羅《あいら》さんは音楽が恋人だからな」
「好きな人、できちゃった?」
「別に、仕事で忙しいからそんな暇ないって」
「私たち婚約したけど、付き合ってないわよね。デートも何もしていない」
「そうだな」
「私は明日、この家を出て仕事に行くの。あなたそれでも耐えられる?」
「俺は、君に対して恋愛感情を持っていないのだと思う」
「あら、すごい告白ね」
「だから、全然連絡がなくても気にならない。でも嫌いだというわけではなくて……」

 愛羅は真剣な顔をして宣告する。
「実は私、海外公演で好きな人ができたの」
「え……?」
「だから私も、あなたと連絡しなくても何も感じない。婚約は解消しましょう。でも、この家で同居、続けてもいいわよ」

「さすがにそういうわけには……」

「じゃあいい物件が見つかるまでは、しばらく妹の傍にいてちょうだい。あの子、ケガしているし、担任なのだから面倒見てあげなさいよ」
 腕組みしながら立ちはばかり、説教するかのように俺に命令した。

「もう少し、ここの家にいてもいいのか?」

「もちろん。私は、好きな人と同居する予定なのよね。当分この家に住むことはないと思うわ」

「もしかして気を遣って、嘘を言っているわけではないよな?」

「あなたたちが恋愛しようが詮索はしないわ」

 そう言うと、彼女は部屋を出て行った。
 愛羅さんに好きな人というのは、本当にできたのだろうか?
 俺が妹のことを気になっているという事実に気づいていた……?

 俺は新しい物件が見つかるまでこの家に居候することとなった。