私の、奥歯を噛みしめていた力が緩んだ。黎の、その言葉一つで。
「ふぅっ……ううぅっ………」
私の嗚咽が大きくなると、声ごと包みこむように抱きしめる黎の腕の力が強くなった。
海雨は、ずっと始祖当主だった。
私のことも、桜木の名前の頃から影小路の娘と知っていたはず。
やがて私が影小路の姫としての力を取り戻すことも。
――総(すべ)て知っていながら、総て隠して、『梨実海雨』として生きていた。
海雨自身、辛かっただろう。『真紅』の魂をずっと知っているのに、何も語ることが出来なかった。
これまでの転生たちは、自身が転生であること、始祖たちが犯した罪を知っていた。
だが、傍らに生まれる始祖当主は、何も知らない徒人だと思っていた。
だから、転生たちは始祖当主と過去を回顧(かいこ)するようなことは決してなかった。
始祖当主の方が、大きな秘密を抱えていた。
暮無(くれない)さま……。
ずっと、始祖当主を護って来たと思っていた。それは、ただの独りよがりだったかもしれない。
……声を押し殺して泣く私を、黎はただ抱きしめていた。
……私には十分すぎる居場所だった。