私たちは目的地までそう遠くないところまできていた。大通りの角にあるオフィスビルの横を通り過ぎていく。

ビルの1階にはコーヒーチェーン店がある。この辺で働いてる人間はWifiが激弱であることで有名なお店だ。

「…麗華から、別れようってメッセージがきたとき、そこにいた」

それは、初めて共有する記憶だった。

「うそ!私、このビルの3階のシェアオフィスから送った気がする」
「マジ?うわあ、ここにきてまさかの事実じゃん。面と向かって言われたら泣いてたな…」
「私も泣いてたと思う」
「今だから言えることだけど。直接言って欲しかった。絶対に泣いてたけどな。麗華の顔を見たら、俺はもっと早くに気づけたかもしれないし」

 そうだね。遼太郎はそう言ってくれると思ってた。でもね、過去を何度繰り返しても私の選択は変わらない。

 私の地獄をきれいなあなたに見せるわけにはいかなかったから。

✴︎

 女性関係に問題があるらしい男が私の直属の上司として配属された。

 この男は目上の人間の懐に滑り込む身技がお上手で、無駄な接待にさんざん連れ回されても、まあ今後の勉強になるし、と彼の後ろをおとなしくついて行くことに徹していた。

 だから、油断した。

 いつもお世話になっている取引先に、会社ではあまり見せない猫かぶりを上司の前でうっかり出してしまい、あの男は私にそういうレッテルを貼ったのだと思う。男に尻尾を振る女だというレッテルを。

 あっという間に、転がり落ちていく。

 いつ隠し撮りされたのかわからない私の下着写真を仕事中にメールで送りつけられた。会議室に来いの一言を添えて。

 盗聴の証拠を抑えようとノコノコとひとりで赴けば、体を抑え込まれて、ジ・エンド。

 ループ設定の解除方法が分からない、狂った毎日が始まった。

 呼び出され、体を貪られ、拒否すれば私の案件は他人の手に渡った。私は突然、無能な人間になった。社会の歯車だ老害だと散々馬鹿にしながら女を武器にして稼いできた報いがこれ?

 だったら、初めに教えておいてよ。知ってたら絶対にこんな生き方選ばなかったよ。

 会社でのキャリアも、遼太郎に触れてもらえた体も汚されて、地獄を見た。生き地獄だった。すぐにただの肉塊になりたかった。終わりを何度も夢見てた。

 それでも死を選ばなかったのは、遠くに輝く遼太郎の星だけが、私にとってたったひとつの生きる理由だったから。