「影野光《かげのらいと》さん。実は、頼みたい事があるの」
家庭教師先の生徒である本条理沙がスマホを差し出す。
「このスマホ、過去の人間と連絡が取れるの。通話とメールができるの」
「そんな夢みたいな話があるはずないだろう」
「公園のベンチの上にスマホあげますって書いてある箱があったの。そして、このスマホが入っていたの」
「そりゃあ罠だ。何か個人情報を聞き出そうとか、詐欺の一種かもしれない」
「そう思って、私も警戒したんだけど、スマホに触れたら、説明文がでてきたの」
『このスマートフォンは過去の人間に連絡が取れます。料金は無料です。使った人物にリスクはありません。もし嘘だと思ったら、試しに連絡を取りたい年代と月日を入力して、その人物の電話番号を入力すれば通話ができます。相手の電話が固定電話でも、携帯電話でも大丈夫です。今は使われていなくても、その当時使われていた番号ならば通話は可能です。メッセージ機能もありますが、まずは通話から試してみてください。お好みでしたら無料で差し上げます』
「ちょっと怖いけど、試しに死んだおばあちゃんが生きていた年月日を入力して、電話してみたの。そうしたら、本当におばあちゃんと話ができたの。おばあちゃんはその時代の私だと思い込んで、いつも通り話をしていたわ」
「本当なのか?」
「本当だよ。無料だし、リスクもないならそういう使い方ってありだよね」
「でも、なんで俺に?」
「この町には悪がたくさんある。周囲にいる困っている人を助けたい。私ひとりで不思議なスマホを扱える自信がないの。あなたの頭の回転の速さならば、このスマホをいいことに使えると思う。一緒に困っている人を助けよう」
「……俺に扱えるかどうかはわからないけれど」
「難関大学を現役で入学したんでしょ。あなたしかいないと思って」
つまりスマホを使う頭脳の相方が欲しいとかそういったことなんだろうか。これが本当ならばお金には代えられない価値と幸せがあるはずだ。
「Q&Aで検索できるの」
そう言ってアプリを出すと、検索画面が出てきた。
Q「今を変えるのは無理ですか?」
という質問を入力する。すると、アンサーが返ってきた。
A「変えられます。なかったことにできます」
「俺に貸してくれ」
質問画面に文字を打ち込んだ。
Q「対価や代償などのリスクはありますか?」
A「ありません」
すぐに答えが返ってくる。誰かの所有物なのだろうか?
理沙は幼馴染の少年が最近交通事故に遭い、ケガをした。後遺症が残って体に障害が残ることもあるという。だから、交通事故を起こさない方法を俺に考えろ、という話を持ちかけてくる。
「その幼馴染に惚れているのか?」
「彼には最近彼女ができて、彼女は私の友達なんだ」
どうにも照れくさそうに少しさびしそうに話をする様子だ。
「じゃあ、その彼のこと何とも思ってないの?」
少し沈黙が走る。
「好きだから幸せになってほしい。でも、私一人で使いこなせる自信がなくて、優しくて真面目で優秀な頭脳を持った人って光《ライト》さんしか知らなかったし、一人より二人って思ったのよ」
「わかったよ」
一番の了承した理由は、俺自身このスマホに興味があったからだ。使い方次第で有効利用も可能だろう。
「じゃあ、病院に行って早速本人と相談しようか」
「彼、結構冷めていて、そういった話を信じてくれないかも」
いつのまにか不思議なスマホを使った解決人となった俺は、色々思考を巡らせる。
「幼馴染の名前は、草野豊。私の近所に住む高校2年生。豊の彼女はマイちゃん。私と同じ高校に通うクラスメイトで、豊にひとめぼれして、告白して、つきあうことになったというわけ。交通事故は1週間前の夕方、このあたりで車に接触したの。それで、足に後遺症が残ると、歩くときに一生足を引きずることになるかもしれないって言っていたの。だから、助けてあげて!!」
少々必死な理沙を見て俺はちゃんとこの時代の本人に伝えたほうが理沙のためになるような気がした。
「やっぱり、この時代の本人に伝えよう。理沙のおかげで事故に遭わないと知ったら、絶対好きになるはずだ」
「そんなわけないでしょ。マイちゃんがいるし」
「入院先の病院に行こう」
「でも、信じてくれるかな?」
「俺の頭脳に任せろ」
彼の入院先は市内の大きな病院の一室だった。外科入院病棟に見舞いを装い行くことにする。彼の病室に向かうと、ちょうど豊一人しかいなかったので、話をしやすいと俺は密かに手ごたえを感じていた。
「こんにちは、大丈夫?」
あくまでもクールに装う理沙が少しおかしくも思える。女子って好きな人の前だと意外にもおとなしくかっこよく装うという点は男子と同じなのかもしれない。お見舞い用のお菓子をさりげなく渡す。多分、この商品を選ぶのに時間をかけてじっくり選別したのだろう。俺は勝手に予想した。
「こちら、家庭教師をしてもらっている大学生の影野光《かげのらいと》さん」
「はじめまして、草野豊です」
「こちら、お前の彼氏か?」
豊がからかうように質問する。
「違うよ、実はすごいことができる人なの。過去の自分と連絡がとれるスマホを持っているので、今日は連れてきたんだ。事故がなかったことになるかもしれないでしょ」
「どういう意味?」
不思議な顔をした草野豊。
「実はこのスマホを使って過去の草野君に連絡を取ろうと思う。そうすれは、事故を回避できるだろ」
「言っている意味がちょっとわからないというか……そういった空想的な非科学的なことは信じない主義で」
「この人、日本一難関と言われる難関大を現役合格した理系男子だよ」
「俺も難関大を目指しているんで、話を聞かせてもらえませんか?」
草野が食いつく。なるほど、難関大の生徒と言えば草野が食いつくとわかって俺を選んだのかもしれないな。俺は、意外にもちゃんと色々考えている理沙の計画性について見直した。
「じゃあ、君が話したい人で、今はもうこの世にいない人と連絡してみないか?」
「死んだ妹がいるのですが、妹と話ができますか?」
「相手が話すことができる年齢ならば大丈夫だ」
「妹は病気で亡くなったから、その事実を変えることはできないですよね?」
「それは、難しいよね。連絡するだけで直接病気を治すとか、事故から自分が守ることはできないけれど、声を聞くことはできるよ」
「そうなのか、俺は普段そういったことを信じないタイプなんですけどね。でも、声だけ聞きたいな」
「じゃあ話したい年月日を入力して。あとは、電話番号」
「妹は携帯電話持っていなかったし、自宅にかけて代わってもらうのも怪しい人だと思われそう」
「兄として妹に用事があるからってかけてみたら?」
「でも、2年前と俺の声も変わっていると思うし」
「大丈夫。意外と電話の声ってわからないものだぞ。電話で詐欺が流行っているだろ。見えない分、身内だということを勝手に信じてしまう人間の心理があるってことだ」
「どうせ、今の家族にかかるっておちだろ」
「でも、妹と話したいから君はスマホに年月日を入力しているんじゃないのか?」
「家族が出かけている可能性もあるしな。過去のこの時間に在宅しているか覚えていないけれど、多分夕方以降ならばいると思う」
理沙は真剣な表情で見守る。きっとこの少年のことが大切なんだな。だから、幸せになってほしいという気持ちだろう。
少年の手は少し震えているように思えた。半ば強引に勧められて電話をかけているだけなのだが、やはり信じ切れていないような顔をしている。ここはフリーハンズにしてみんなで聞いてみることにした。
「あ……つながった」
少年は不思議そうな顔をしながらスマホを片手に耳を澄ませる。俺たちも真剣に見守る。
「もしもし、草野です」
お母さんの声のようだ。
「もしもし、俺だけど。いぶきいるか?」
いないはずの人間の名前を言ってみる。普通の電話で自宅にかければいるはずはない相手の名前だった。
「豊? いぶきにかわるよ」
「おにーちゃん? いぶきだよ」
小学生低学年のようなかわいい女の子の声だ。いぶきちゃんがいたようだ。やはり、過去につながっていたのだ。
「いぶき、何してた?」
「いぶきはね、今テレビ見てたよ」
「何を見てたんだ?」
涙があふれそうになるのをぐっとこらえる草野の姿があった。
「うたのテレビ」
「いぶきは歌が好きだったからな」
「また、いぶきにかけてもいいか?」
「毎日会えるのに?」
「いぶき、体を大事にしろよ」
ただいまーという声が聞こえる。その時代の草野豊が帰ってきたらしい。
「じゃあ、またな。元気で」
そう言ってスマホを切る。これはとても不思議だが、話したいけれど今は話すことができない相手と電話をするという極上の不思議な時間だった。草野は目頭を押さえた。
「ありがとうございます」
深く礼をする彼からはお金で買えないものをもらったような気がした。
このスマホはお金で買えない大切な時間を与えてくれるものだということをいまさらながら実感した。きっと、死んだ大切な人と話したい人はもっといるはずだ。そういった時間を届けられたらいいのに、そんなことを考えていた。でも、このスマホが表沙汰になれば、スマホの奪い合い、盗み合いということも考えられる。やはりあまりたくさんの人に教えないほうがいいだろう。
家庭教師先の生徒である本条理沙がスマホを差し出す。
「このスマホ、過去の人間と連絡が取れるの。通話とメールができるの」
「そんな夢みたいな話があるはずないだろう」
「公園のベンチの上にスマホあげますって書いてある箱があったの。そして、このスマホが入っていたの」
「そりゃあ罠だ。何か個人情報を聞き出そうとか、詐欺の一種かもしれない」
「そう思って、私も警戒したんだけど、スマホに触れたら、説明文がでてきたの」
『このスマートフォンは過去の人間に連絡が取れます。料金は無料です。使った人物にリスクはありません。もし嘘だと思ったら、試しに連絡を取りたい年代と月日を入力して、その人物の電話番号を入力すれば通話ができます。相手の電話が固定電話でも、携帯電話でも大丈夫です。今は使われていなくても、その当時使われていた番号ならば通話は可能です。メッセージ機能もありますが、まずは通話から試してみてください。お好みでしたら無料で差し上げます』
「ちょっと怖いけど、試しに死んだおばあちゃんが生きていた年月日を入力して、電話してみたの。そうしたら、本当におばあちゃんと話ができたの。おばあちゃんはその時代の私だと思い込んで、いつも通り話をしていたわ」
「本当なのか?」
「本当だよ。無料だし、リスクもないならそういう使い方ってありだよね」
「でも、なんで俺に?」
「この町には悪がたくさんある。周囲にいる困っている人を助けたい。私ひとりで不思議なスマホを扱える自信がないの。あなたの頭の回転の速さならば、このスマホをいいことに使えると思う。一緒に困っている人を助けよう」
「……俺に扱えるかどうかはわからないけれど」
「難関大学を現役で入学したんでしょ。あなたしかいないと思って」
つまりスマホを使う頭脳の相方が欲しいとかそういったことなんだろうか。これが本当ならばお金には代えられない価値と幸せがあるはずだ。
「Q&Aで検索できるの」
そう言ってアプリを出すと、検索画面が出てきた。
Q「今を変えるのは無理ですか?」
という質問を入力する。すると、アンサーが返ってきた。
A「変えられます。なかったことにできます」
「俺に貸してくれ」
質問画面に文字を打ち込んだ。
Q「対価や代償などのリスクはありますか?」
A「ありません」
すぐに答えが返ってくる。誰かの所有物なのだろうか?
理沙は幼馴染の少年が最近交通事故に遭い、ケガをした。後遺症が残って体に障害が残ることもあるという。だから、交通事故を起こさない方法を俺に考えろ、という話を持ちかけてくる。
「その幼馴染に惚れているのか?」
「彼には最近彼女ができて、彼女は私の友達なんだ」
どうにも照れくさそうに少しさびしそうに話をする様子だ。
「じゃあ、その彼のこと何とも思ってないの?」
少し沈黙が走る。
「好きだから幸せになってほしい。でも、私一人で使いこなせる自信がなくて、優しくて真面目で優秀な頭脳を持った人って光《ライト》さんしか知らなかったし、一人より二人って思ったのよ」
「わかったよ」
一番の了承した理由は、俺自身このスマホに興味があったからだ。使い方次第で有効利用も可能だろう。
「じゃあ、病院に行って早速本人と相談しようか」
「彼、結構冷めていて、そういった話を信じてくれないかも」
いつのまにか不思議なスマホを使った解決人となった俺は、色々思考を巡らせる。
「幼馴染の名前は、草野豊。私の近所に住む高校2年生。豊の彼女はマイちゃん。私と同じ高校に通うクラスメイトで、豊にひとめぼれして、告白して、つきあうことになったというわけ。交通事故は1週間前の夕方、このあたりで車に接触したの。それで、足に後遺症が残ると、歩くときに一生足を引きずることになるかもしれないって言っていたの。だから、助けてあげて!!」
少々必死な理沙を見て俺はちゃんとこの時代の本人に伝えたほうが理沙のためになるような気がした。
「やっぱり、この時代の本人に伝えよう。理沙のおかげで事故に遭わないと知ったら、絶対好きになるはずだ」
「そんなわけないでしょ。マイちゃんがいるし」
「入院先の病院に行こう」
「でも、信じてくれるかな?」
「俺の頭脳に任せろ」
彼の入院先は市内の大きな病院の一室だった。外科入院病棟に見舞いを装い行くことにする。彼の病室に向かうと、ちょうど豊一人しかいなかったので、話をしやすいと俺は密かに手ごたえを感じていた。
「こんにちは、大丈夫?」
あくまでもクールに装う理沙が少しおかしくも思える。女子って好きな人の前だと意外にもおとなしくかっこよく装うという点は男子と同じなのかもしれない。お見舞い用のお菓子をさりげなく渡す。多分、この商品を選ぶのに時間をかけてじっくり選別したのだろう。俺は勝手に予想した。
「こちら、家庭教師をしてもらっている大学生の影野光《かげのらいと》さん」
「はじめまして、草野豊です」
「こちら、お前の彼氏か?」
豊がからかうように質問する。
「違うよ、実はすごいことができる人なの。過去の自分と連絡がとれるスマホを持っているので、今日は連れてきたんだ。事故がなかったことになるかもしれないでしょ」
「どういう意味?」
不思議な顔をした草野豊。
「実はこのスマホを使って過去の草野君に連絡を取ろうと思う。そうすれは、事故を回避できるだろ」
「言っている意味がちょっとわからないというか……そういった空想的な非科学的なことは信じない主義で」
「この人、日本一難関と言われる難関大を現役合格した理系男子だよ」
「俺も難関大を目指しているんで、話を聞かせてもらえませんか?」
草野が食いつく。なるほど、難関大の生徒と言えば草野が食いつくとわかって俺を選んだのかもしれないな。俺は、意外にもちゃんと色々考えている理沙の計画性について見直した。
「じゃあ、君が話したい人で、今はもうこの世にいない人と連絡してみないか?」
「死んだ妹がいるのですが、妹と話ができますか?」
「相手が話すことができる年齢ならば大丈夫だ」
「妹は病気で亡くなったから、その事実を変えることはできないですよね?」
「それは、難しいよね。連絡するだけで直接病気を治すとか、事故から自分が守ることはできないけれど、声を聞くことはできるよ」
「そうなのか、俺は普段そういったことを信じないタイプなんですけどね。でも、声だけ聞きたいな」
「じゃあ話したい年月日を入力して。あとは、電話番号」
「妹は携帯電話持っていなかったし、自宅にかけて代わってもらうのも怪しい人だと思われそう」
「兄として妹に用事があるからってかけてみたら?」
「でも、2年前と俺の声も変わっていると思うし」
「大丈夫。意外と電話の声ってわからないものだぞ。電話で詐欺が流行っているだろ。見えない分、身内だということを勝手に信じてしまう人間の心理があるってことだ」
「どうせ、今の家族にかかるっておちだろ」
「でも、妹と話したいから君はスマホに年月日を入力しているんじゃないのか?」
「家族が出かけている可能性もあるしな。過去のこの時間に在宅しているか覚えていないけれど、多分夕方以降ならばいると思う」
理沙は真剣な表情で見守る。きっとこの少年のことが大切なんだな。だから、幸せになってほしいという気持ちだろう。
少年の手は少し震えているように思えた。半ば強引に勧められて電話をかけているだけなのだが、やはり信じ切れていないような顔をしている。ここはフリーハンズにしてみんなで聞いてみることにした。
「あ……つながった」
少年は不思議そうな顔をしながらスマホを片手に耳を澄ませる。俺たちも真剣に見守る。
「もしもし、草野です」
お母さんの声のようだ。
「もしもし、俺だけど。いぶきいるか?」
いないはずの人間の名前を言ってみる。普通の電話で自宅にかければいるはずはない相手の名前だった。
「豊? いぶきにかわるよ」
「おにーちゃん? いぶきだよ」
小学生低学年のようなかわいい女の子の声だ。いぶきちゃんがいたようだ。やはり、過去につながっていたのだ。
「いぶき、何してた?」
「いぶきはね、今テレビ見てたよ」
「何を見てたんだ?」
涙があふれそうになるのをぐっとこらえる草野の姿があった。
「うたのテレビ」
「いぶきは歌が好きだったからな」
「また、いぶきにかけてもいいか?」
「毎日会えるのに?」
「いぶき、体を大事にしろよ」
ただいまーという声が聞こえる。その時代の草野豊が帰ってきたらしい。
「じゃあ、またな。元気で」
そう言ってスマホを切る。これはとても不思議だが、話したいけれど今は話すことができない相手と電話をするという極上の不思議な時間だった。草野は目頭を押さえた。
「ありがとうございます」
深く礼をする彼からはお金で買えないものをもらったような気がした。
このスマホはお金で買えない大切な時間を与えてくれるものだということをいまさらながら実感した。きっと、死んだ大切な人と話したい人はもっといるはずだ。そういった時間を届けられたらいいのに、そんなことを考えていた。でも、このスマホが表沙汰になれば、スマホの奪い合い、盗み合いということも考えられる。やはりあまりたくさんの人に教えないほうがいいだろう。