世界の歴史とは、戦いの歴史そのものである。宗主国と植民地、北と南、保守と革新、そして善と悪、世界では常に戦いが行われてきた。

 このメトロポリスとそれを取り巻く世界でも、戦いはあった。理性ある人間は核兵器を撃ち合うことはなかったが、タイムマシンによって世界の根幹が揺るがされることを恐れる者たちと、世界の発展を夢見る者たちは言い争った。時には、重要人が暗殺されることもあったと言うが、真実は神のみぞ知る。

 タイムマシンの開発は、善か、悪か。それはまだ誰にも分からない。善悪を決める者は誰かは分からないが、事実として善悪は存在する。それは人間だけでなくAIにも言えることだ。良いAIと悪いAIが存在すると言うことは、科学者の間では共通認識だった。

 善悪がどんなに曖昧なものであっても、世界は善悪を決めなければならない。ある哲学者は善悪を「その行動原理に他者への愛が存在するか否か」と定義した。その考え方は世界における善悪の考え方のスタンダードとなった。

 リオとレイは紛れもなく「善」であった。二人の夢は、立派な科学者になって世界中の人を笑顔にすること。心優しい兄弟として、村中の人間に愛されていた。そして、彼らも周りの人間を愛していた。

「なあ、リオ。よりたくさんの人を救うためにはどんな発明をしたらいいと思う?」
「うーん、なんでもお願いを聞いてくれるAIとか?」
「確かに、そんなAIがあれば今生きている人はみんな幸せになるかもしれない。でもね、俺は過去・現在・未来、すべての時代を生きる人を救いたいんだ。だから、そのためにはタイムマシンが必要なんだよ」
「うわあ、やっぱりレイ兄ちゃんはすごいや」

目をキラキラさせるリオをレイは愛おしく思った。レイはリオの頭を撫でまわして褒めた。

「でも、リオが言うなんでもお願いを聞いてくれるAIがあればそのタイムマシンだって創ってくれるかもしれないから、リオも正解だ。リオはきっといい科学者になるよ」
「本当?じゃあ僕、レイ兄ちゃんの助手になる!」

 ある日、レイは突然病に倒れた。新種の病気で、原因も不明だった。病状は急速に進行し、レイは入院した。
 突然難病に侵されたレイにとってリオは生きる希望そのものだった。幸せな未来を疑うことを知らない純真無垢なリオはレイの回復を信じていた。それはレイにとって心の支えだった。
 一方、リオにとってもレイは世界の全てだった。天才少年と持て囃されても驕ることなく、勉学に励む凛とした兄の姿はリオの憧れだった。責任感の強いレイは弟のリオを守り導く、誰の目から見ても理想の兄そのものだった。リオにとってレイは自慢の兄だった。

「世界中のお医者さんがレイ兄ちゃんの病気の治し方、研究してるから、きっとすぐ治るよ」
「リオは優しいな。でも、残念ながら俺みたいに患者数が少ない病気は後回しにされてる」
「そんなのって……ないよ……ひどすぎるよ……」

リオは泣き出した。レイは自分のために涙を流す弟の頭を優しく撫でた。手の温もりを感じれば、レイが元気だった頃のことを思い出す。

「でも、レイ兄ちゃん言ってたよね。タイムマシンがあれば、どんな時代のどこの人だって救えるって。タイムマシンって世界中の偉い人がみんなで一生懸命作ってるんでしょ?タイムマシンが出来たら、未来からレイ兄ちゃんの病気を治せるお医者さんを連れて来られるよね?」

泣きながらリオは問いかける。レイは体の痛みをこらえながらリオの涙を拭った。

「そうだね。俺も、俺以外の病気の人もみんな救われる。そんな未来があるといいね」
「だったら、僕がそういう未来を作る!僕、タイムマシン作る人になるよ!」
「頼もしいな。じゃあ、俺はリオが立派な科学者になるまでリオの面倒見てやらないとな。リオは泣き虫だから」
「うう……こんな時まで子供扱いするなよぉ……」

リオは頬を膨らませて拗ねたが、泣きやんだ。ああ、よかったとレイは安心する。ふと、レイが窓の外を見ると、1羽の白い鳩がよろよろと飛んでいた。

「なあ、リオ、窓を開けてくれるか?」

体に力の入らないレイはリオにお願いした。言われるがままにリオは窓を開ける。レイはよろよろとベッドから立ち上がり、身を乗り出して腕を伸ばした。

「危ないよ、レイ兄ちゃん!」

 リオは小さな体で慌ててレイを支える。レイが長い腕を伸ばすと、その大きな手に鳩の体はすっぽりとおさまった。

「この子、怪我してるんだ」

レイはその鳩の手当てをした。鳩はボロボロの体だったが、それ以上の痛みを抱えながらもレイは鳩の看病をした。
 数日後、怪我が治った鳩が窓から飛び立っていくのを2人は見送った。