「では、新郎新婦は誓いのキスを」

 あーはいキスですね。分かりましたしましょう──……って、出来なくないですか? わたくしの旦那様、仮面をつけてますのよ? あれっ、これこのまま誓いのキスが出来ないまま終わるのではなくて……??
 そんな疑問をわたくし含め誰もが抱いたようで、会場は少しざわついた。

「…………あぁ、もう、これも必要無いか」

 わたくしや神父の不安や戸惑いを他所に、辺境伯様はボソリと呟き、その仮面に手をかけて──、

「待たせてごめんね、アンジェリカ。誓いのキスをしようか」

 一目見て虜になってしまいそうな美しい顔を晒し、輝くような微笑みを浮かべた。
 ……え? あまり噂には詳しくないのだけれど、素顔は醜悪だなどと世間噂されていた程の方で……おかしいわ、わたくしの目にはどうにもこの御方が醜悪だなんて見えませんわ。
 この顔で醜悪だと言うのであれば、世界中の人間が醜悪どころの話では済みませんわよ?
 あまりの事に唖然としていると、会場中に硝子を引き裂いたような黄色い歓声が溢れる。しかし、辺境伯様はそんなの全く気にとめず、わたくしの頬に触れて、

「俺の愛しいアンジェリカ。ずっと、君とこうする事だけを考えていたんだ」
「んっ……」

 何やら気になる事を言って唇を重ねて来た。
 唇を越しに伝わる辺境伯様の熱。世間一般的に聞く結婚式ではありえないような長い時間、じっくりと味わうように辺境伯様はわたくしの唇を奪い続けた。
 一生忘れられないような初めてのキスとなった事は、言うまでもない。

「君に永遠の愛を誓うよ、アンジェリカ。君は俺の全てだ。俺は君のために生きるから、君も俺のために生きて欲しい」
「え、は、はい……分かりました……?」

 思わずドキッとしてしまうような、艶やかな微笑み。溶かされてしまいそうな熱い視線に顔を熱くしながらも、わたくしは何とか返事をした。
 その後の事はあまり覚えていない。
 あれよあれよという間に式は終わり、気がつけばわたくしは式場のある一室で辺境伯様と二人きりになっていた。
 そこまではいいのです。だけど、ここからがよくないのです。