高齢の父から小さな本屋を受け継いで早五年。電子書籍の台頭など、書店には向かい風が吹いている時代ではあるが、幸いにも好立地のため経営はまずまずである。従業員を二人雇う余力もあった。

 これといって経営に力を入れてきたわけではない。汗水垂らして働いてきたわけではない。本屋の倅として生まれ育ったため、俺は活字中毒の気があった。そのため、大好きな本に囲まれてお気楽な暮らしをしていると自覚していた。父の店にそれなりの愛着はあったが、店を大きくする必要はない。現状維持できればそれで良いと考えていた。インターネット上で大規模な宣伝をせずとも、ふらりと立ち寄る客は多かった。その分、立ち読み客も多かったが、わざわざ注意して波風を立てることもしなかった。

 しかし、数人で大騒ぎしながら雑誌の立ち読みをする中高生や、通路に座り込んで一般客の迷惑になっているケースは強い口調でとがめた。また、近年問題となっている「デジタル万引き」にも手を焼いていた。数週間前に、「店内撮影全面禁止」のポスターを数カ所に貼った。白地に赤い文字で書かれた八文字の威圧感は効果があったようで、雑誌を盗撮する人間はほとんどいなくなった。

 俺は人の顔を覚えるのが得意な方ではない。あまり人に興味が無いからだ。接客業とはいえ、飲食業ほど客の顔を覚えなくても支障がない生業にほっとしていた。事実として、常連の客であれ、初来店の客であれ、俺は同じ対応で会計をした。そんな俺であったが、どうしても目につく少女がいた。

 彼女は毎週、三冊の少年漫画雑誌を買いに来ていた。推定十二、三歳の少女が少年漫画雑誌を買うことは極めて自然なことである。けれども、それ以外にもハードカバーの小学校低学年向けの児童書を何週かに一度買っている。児童書を買う中学生は珍しいと思ったのが、彼女を気にし始めたきっかけだった。彼女は、児童書を買う前に平積みの小説を次々とページをめくっては元の場所に戻すと言うことを毎回繰り返していた。時折、顔を近づけたり逆に離したりしては、ため息をついていた。立ち読みと呼ぶにはあまりに短い行動が俺には不可解だった。本を乱暴に扱っているわけではないので、特に問題はないと考えて咎めることはしなかったが、単純に気になった。