本当は「もう帰っていいですかね」と声を掛けたかったが、ルイが集中して便箋に向き合っている間は無理だとも悟っていた。声を掛けた拍子に字がずれたらと思うと、怖くて実行に移せない。

 彼が書き終えたら、すぐに声を掛けよう。

 ティーゼはそう考えて、片頬をテーブルにあてるように突っ伏し、向かいにいるルイが便箋にペンを走らせる音を聞いて過ごした。


 それにしても、彼は本当に、マーガリー嬢が好きなのだろう。初対面で見知らぬ人間を巻き込むほど、どうにかして彼女との距離感を縮めようと頑張っているのだと思うと、今日一日が無駄になってしまった事も、心からは怒れないような気もしていた。


「ルイさんは、本当に一生懸命ですよねぇ……それに比べると、ルチアーノさんは、もう少し努力しないと独身のままだと思います」
「はて、身に覚えがありませんが。どんな努力が必要だというのです?」

 当然のように言い返され、ティーゼは顔を上げて、ルチアーノに半眼を向けた。