「祝典には参加したんだけど、英雄がどこにいるのか分からなくて」


 ルイは残念そうに微笑んだが、ティーゼは、思わず片頬を引き攣らせていた。

 国民の前で、国王が英雄を紹介する場面は、絶対にあったと思われる。しかし、そのタイミングでルイ本人が、他の何かに気を取られていた可能性が脳裏を過ぎった。

 ティーゼは会ってまで少ししか経っていなかったが、目の前にいる呑気な魔王が、英雄の姿に気付かなかった場面が容易に想像出来て、上手い返し言葉がすぐに思いつかなかった。

「えぇと、あのですね、ルイさん。例の英雄ですが、多分、すごく近くに居合わせてはいると思うんですよ」
「そうなの? ルチアーノは、英雄を見た事はある?」
「……何度か、お顔は拝見した事があります」

 魔王の優秀な部下は、うまく言葉を濁した。

 やはり祝典で言葉は交わさなかったものの、同じ場所に居合わせていたのだろう。真面目に考えると疲労感が込み上げて、ティーゼは淑女らしかぬ頬杖をつくと、クッキーを口に放り込んで無心で咀嚼した。