何故名前で呼んではいけないのだろうかと疑問を覚えたが、今にも死にそうな顔で勢い良く懇願されしまい、ティーゼは「分かりました」と答えた。クラバートの顔に安堵の笑顔が広がった。目尻の薄い小皺が柔和な形を刻み、愛想の良さが窺えた。

「いやぁ、間近で拝見するのは初めてですが、男の恰好をされていても可愛らしいとは」
「何言ってんの? というか『英雄』ってクリス――クリストファーの事ですよね? ちゃんと話はして、さっき帰って行きましたよ?」

 とりあえずそう教えると、途端にクラバートが「嘘だろッ」と目を剥いた。

「英雄が来てたの!? 彼、王宮騎士団の第一師団の騎士で、こっちには一度も来た事ないのに!?」
「なんか、剣で飛んで来た、とか…………?」

 よくは分からないけれど、とティーゼが続けると、クラバートの顔に悟ったような乾いた笑みが浮かんだ。どこか心当たりのあるようなその表情を見て、ティーゼは彼が、クリストファーについては第三者以上には知っているらしいと察した。