ティーゼとしては、知らない土地が楽しみなのだ。英雄となった幼馴染が心配性過ぎて、これまで一日以上も家を開ける距離に出向いた事はなかった。ギルドの仕事を本業にしないで欲しいと頼まれて、ハーブのビスケットを売り続けているのである。

 気分のむくままに、もしかしたら、そのまま国境を超えるかもしれない。

 続く言葉を笑顔で誤魔化し、ティーゼは、ギルドを後にした。

              ◆

 国境行きの列車には、乗客が一人もいなかった。

 車掌にチラリと話しを訊いたところ、英雄の帰還によって、祝いのため多くの人間が王都に集まっているらしい。今一番注目の集まる国の中心から、わざわざ列車で離れようと考える若者は少ないとも語った。

 季節は春だ。長閑ですごしやすい日差しの中、まるで貸し切りのような列車の旅は最高だった。

 たった一人の乗客だからと、中年の車掌はティーゼに親切で、仮眠室も無償で提供してくれた。