全てを思い出した。
 記憶を取り戻した私はコウキの部屋から消え去り、ある大通りに舞い戻っていた。
 私はマリアではなく、佐々木花音。
 ピアニストの母親と指揮者の父親の元に生まれ、バイオリンを専攻している音大生。
 けれど、音楽家の両親を持ったからと言って私にまで音楽の才能がある訳ではなかった。
 物心つく前から音楽の英才教育を受け、毎日血反吐を吐く練習を繰り返して、やっと周りのレベルに着いていける位だ。
 当然コンクールに入賞なんて夢のまた夢で、そんな私に両親は大層落胆した。
 1週間前の深夜も、両親が「花音は本当に駄目ね」「あいつに期待しても無駄だ」と話しているのを耳にしてしまい、たまらなくなってしまった。
 咄嗟に家を飛び出し、街を彷徨い、自暴自棄になり横断歩道へと飛び込んだのだ。
 コウキに出逢い、コウキの苦しみを知った今の私なら、命を粗末にするなんて何て愚かで大馬鹿者なのだろう、と罵りたくなる。
 突然消えてしまってコウキは心配しているかな?
 優しいコウキだから心配しているよね?
 トモキさんは怒っているかな?コウキを傷付けたな、やっぱり許さない、って。



 消えてしまう前にコウキの写真集を見られて良かった。
 写真集に載っていたコウキの名前。
 コウキは光り輝く、森田光輝。
 何ヶ月掛かっても、何年掛かっても、絶対遇いに行くよ。
 今度はマリアじゃなくて、佐々木花音として。
 そして、助けてもらったお礼をしなきゃ。
 そんなのいらねぇ。って優しい光輝は言うだろうけれど、私がそうしたい。
 光輝が悪夢を視るなら、何度だって叩き起こすし、聖母マリアに許しを乞うなら、私も隣に居たい。
 誰が、神が、マナさんが『許さない』と言おうが私は、私が許してあげたい。
 コウキが背負っている大きな荷物を一緒に持ってあげたい。
 これは同情や偽善ではなく、コウキに対する好意からだ。


 だって私は……光輝に恋をしてしまったと自覚したから。