コウキからマナさんの話を聞いてからというもの、私は何だか上の空だ。
 その日もコウキは朝から荷物を持って出掛けている中、また玄関のチャイムが鳴った。
“トモキさんだ”確信があった。
 そしてやはり、玄関を開けると「やっほー、マリアちゃん。この間ぶり。お邪魔するね」と言ってズカズカと部屋に上がってくる。
 例にならって麦茶を出すと「ありがと」と言って一気に飲み干す。
 二杯目を注ごうとしている時に「コウキから聞いたんだね?」と貼り付けたような笑顔を崩さず言ってきた。
「マナさんの事ですか?」
「ご名答。話を聞いたなら俺が、コウキをもう一度傷付けたら許さないって言った意味分かってくれたと思って、もう1回だけ警告に来た」
「本当にコウキの事が大好きなんですね……。ご忠告、ありがとうございます」
「あ、今マリアちゃん俺の事しつこい男だな、って思ったでしょ?」
「そんな事ないです!」
「ごめん、少し意地悪し過ぎたね。だけど、自分の才能の無さを盾にしてコウキに当てつけるかのように死んで、コウキから個性とキャリアを奪っていったあの女を俺は絶対に許さない」
 それはとても辛辣な言葉だった。
「死んで尚、コウキを苦しめ続けるあの女を許さない」
 トモキさんの目には薄ら涙が浮かんでいた。この人もまた、苦しんでいるのだと解った。
 涙をそれ以上私に見せたくなかったのか、「じゃ、そういう事だから」と足早に去って行ったトモキさんの後ろ姿を呆然と見送った。