黒藤さんが顔をしかめるの、初めて見た。しかしママは気にしていないようだ。

「なんで?」

「無涯は消えました。それだけです」

「でも、紅緒はもうすぐ目覚めるわ」

「………」

ママが黒藤さんを黙らせた。その様に、桜城くんが一番驚いていた。

「若君を黙らせるって……」

もっと言うなら、桜城くんは愕然としている。ママは何を思ってか、唐突に言った。

「黒ちゃん、一つ教えておくわね。紅緒は目が覚めても、当主に返り咲きはしないわ」

「……ですが、母上より強い者は、

「小路にはもう、黒ちゃんがいるでしょう?」

にっこり微笑むと、黒藤さんは更に押し黙った。

「紅緒は、真紅ちゃんと私と一緒に暮らすと思うわ。無涯のいない本家にも別邸にも、紅緒は用がないから」

「……父上だけが、母上の理由でしたか」

「そうね。無涯だけが、紅緒があの古くさい邸(いえ)にいた理由よ」

むがい、とは、どうやら黒藤さんの父の名前らしい。黒藤さんも複雑な理由がありそうだけど……。

黒藤さんは、しかめっ面を隠さない。

「黒(くろ)、紅亜様。今は無涯のことより真紅嬢のことだ」