不安になってきた。と言うか、今更ながら現実感がわいてきた。今まではふわふわ夢の中のような気持ちだったから、吸血鬼だのファンタジー話を流しながら聞いていたけど、家まで当てられると……。

「んなわけあるか。お前とは今日が初対面だ」

「だよね。……じゃあ、ほんとににおうの?」

「うん。すっげーいいにおい」

「……それは血のにおい?」

「真紅のにおいだよ」

「……どんなにおい?」

ここまでにおいの話をされると気になってしまう。一応、おなごだし。黎が階段をあがっていく。

「月のにおい」

「……つき?」

「桜色の月のにおい、だな。春の、夜桜が舞ってる中ってーのかな。すきなにおい」

「………」

天性のタラシだ。

私は汗がダラダラだ。

恥ずかしげもなくこんなことを言う奴が現存するのか。いや、過去にいた保証もないけれど。あぶないあぶない。いくら助けられた身と言えど、気をつけなくちゃ。

でも。

「……ありがと」

すきだと言われて悪い気はしない。私も、桜も月もすきだ。

「桜木……?」

「私の苗字だけど?」

アパートの一室。そう名の書かれた部屋の前で黎は足を停めた。ドンピシャで私の部屋だった。

でも、本当にどんなにおいがしているんだろう。抽象的な言い方だったからはっきりとはわからなかった。

「親いないって言ってたけど、ここで降ろすか?」

「警察を呼ぶべき事態になる?」

「ならねーよ」

言い、黎はドアを開けた。