「じじいー」
「なんじゃクソガキ」
俺とじじい――小埜古人――は、大体そんな呼び方だ。お互い。
「桜木真紅って知ってるか?」
「真紅嬢(まこじょう)なら存じ上げておるが……何故お前が真紅嬢を?」
真紅嬢? なんでじじいが――小埜の当主が、真紅をそんな呼び方をする?
「なんで真紅のこと知ってんだ?」
「主家に連なるお一人だぞ。知らぬわけがあるまいて」
「……主家?」
「影小路の直系長姫にあたられるお方だ。まあ、母君である紅亜嬢が廃嫡されておるから、正しくそうではないかもしれんが……黎?」
「………」
俺、思考停止。
「お前こそ、何故に真紅嬢のことを訊く? お前はあくまで小埜の預かり。影小路の若君とは……面識あるだろうが、ほかに接触させた覚えはないが」
「………」
俺、硬直。
「おい?」
じじいは訝し気な顔で俺を見てくる。
「おいクソガキ。まさか真紅嬢と何かあったのか?」
誰何する声も、耳を素通りするだけだ。
送って行ったとき、真紅の様子がどこかおかしいと思った。架は、何故かじじいに話せと押し切ってきた。……真紅の出自を、知っていたのか。
もとより、架は俺と違って桜城の家を誇りに思っている。ある程度は知っていて当然かもしれない。……だから、家に興味を持てって言ったのか。
「黎? ……今日はどうする? 澪なら先に帰ってきているが」
今日で二日目。血をいただく日だ。だが、じじいに問われて胸にうずまいたのは、気持ち悪さだった。
「……いらねえ」
「明日にするのか?」
「違う。……もう、澪の血はいらねえ」
そのまま、ふらりとじじいの私室を出た。