気にさせないようにと、髪を直しながら努めて明るく聞こえるように言った。
「ほら、お仕事、こんなに抜けちゃって大丈夫なの? 他の職員の人も待ってるでしょ?」
黎の背中を押す素振りをすると、黎は「わかったから」と踵を返した。
「夜歩きするなよ」
「そっちこそ」
おやすみ、黎がそう言ったので、同じ言葉を返した。
月あかりは昇るのが遅くなっている。黎の背中が見えなくなるまで見送って、鞄を抱きしめるようにして部屋まで駆けた。
扉を閉めて、そのままくずおれた。
……黒藤さんに言われた、私のもう一つの本性。
『桜木は、退鬼師の血筋なんだ。その血を持って鬼を退治する。――桜木の血に触れた鬼を滅する、対鬼に特化した一族。……今は廃れてしまっているが、真紅はその桜木の末裔でもある』
その血をもって、鬼を滅する。
なにより私の頭に響いた言葉。
黎は吸血鬼であり、半分は鬼人だ。そして私の血を吸った。私があげると言ったからだ。
今、黎の身体には私の――鬼を殺す血が、流れている。
「……ごめん、なさい……っ」
黎は、助けてくれたのに。
失いたくなくなったと言って。
でも、その所為で……。
一つ訊くだけで気持ちの持ちようは変わったかもしれない。でも、怖くて訊けなかった。体調はどう? どこか悪いところはない? 気分が悪いとか、どこか痛いとか、少しでも、いつもと違うところはない?
……もう、私の血が黎の身体を巡っているとしたら――
それは、黎を殺し始めているかもしれない。