駄目だよ。どこにもない。黎を嫌いになれるきっかけなんて、どこにもない。
『それから、もう一つ。真紅には話しておかなければならないことがある―――』
黒藤さんの告げた、私の本質。
「毎日は無理かもしれないけど、出来る限り送って行くから」
「へ?」
「今日みたいにするから。拒否権はナシで」
「………」
反対だ。どんどん、すきになるだけだ。
「……心配、かけちゃったね」
「俺が勝手にそうしたいだけだ。真紅から激突してきたから、どう逃げてもまたぶつかってきそうだ。なら、俺の目の届かないところで倒れられるのは困る」
「………」
駄目だ、これ以上は、泣いてしまう。
優しさを、突き放してしまう。
「……ありがと」
アパートの目の前で、私はやっとそれだけ言えた。
「戸締りしっかりしろよ?」
「うん」
「また困ったことあったら、いつでも彼氏役やってやるから」
「あはは。そんなことそう起きないよ」
「そうか?」
「そうだよ。ほんとにありがとう。黎も戻り、気を付けてね」
「ああ。………」
ふと黙ったかと思うと、黎の指がの私の肩にかかった髪をはらった。
「れ――?」
「……ごめんな」
黎の唇が、首筋にある牙の痕に触れた。
「だ――
駄目だ! 突き放そうとしたけど、私の身体は意志には従ってくれなかった。そして心配に反して、黎は牙痕に唇を触れさせただけで、離れて行った。
見上げた黎の顔は何かが痛そうに歪んでいる。……この前もそうだったけど、黎は私に牙痕を残してしまったことを申し訳なく思っているようだ。
「だ、大丈夫、だよ。私、髪長いから隠れるし」