+++

この命というものは、本来はいらないもので。

だから、生きて来られたの。

トクトク……静かな音……波の音? 樹を渡る風? ……何だかとても、大きな自然のような音が耳に届く。私は、朝、目が覚めるように瞼をあげた。

「ん、起きたか?」

誰かがいた。真上から声がする。その後ろに銀の月を背負っている。焦点の合わない視界のせいか、光が、翼のように散漫している。

「……てんし……?」

「あ? 何寝惚けてんだ。俺がそんなもんに見えるか?」

見えるよ。

とっても綺麗ね、あなたは……。

「悪いけど、俺は鬼だ」

そう言って薄く開いた口元からこぼれる――鋭利な、牙。あ―――

「おに?」

「そ。ほら」

言って、その人が私の首筋に触れた。どくりと鼓動の音が頭に響いた。そこには確かにある、二つの傷跡――牙の跡。

ちをすわれた。

「あ……っ!」

背中に走る痛み。何? 何があった?

「動くな。お前、死ぬレベルの出血してたんだ。――って」

「………」

急に起こした身体は支えられなく、倒れこんだところに腕があった。

「言うこと聞けよ」

呆れ気味に言われ、悔しさに顔を歪めた。

「……別に私、助けなんて呼んでない」

……取りあえず、逃げることは無理みたい。全然動けないよ。