「――白桜(はくおう)様」

柔らかい呼びかけに、私室の縁側で夜天を見上げていた俺は、つと振り返った。

「天音(あまね)」

着物を重ねて着、しかし動きやすいように細工されている意匠(いしょう)の、銀色の髪の女性は軽く面を伏せた。

「黒藤(くろと)様がいらっしゃっております。至急、白桜様に取り次ぐようにと」

「黒(くろ)か。すぐ行く」

黒藤――幼馴染である影小路(かげのこうじ)家の若の、月御門(つきみかど)へのその来訪の理由は薄ら気づいていた。

「白(はく)。母上が目覚める」

門まで出迎えた俺に、長身の黒い幼馴染は端的に告げた。

「紅緒(くれお)様が眠られてから十六年か……。所在は摑んでいるんだろう?」

「紅亜様の居所は常に小路に把握されている。娘を護るため、紅亜様は今、共には暮らしていないようだが……。その日、娘に逢って来ようと思う」

「それは小路(こうじ)の問題だから、御門(みかど)の俺が口を出すのも難だが……真紅嬢だったか? 出自は知らないんだろう?」

「父君との一件で、桜木から絶縁されているからな。紅亜様は直系長姫(ちょっけいちょうき)でありながら廃嫡(はいちゃく)された身だ。知らされてもいないし、陰陽師や退鬼師としての修業なんざもやってねえみたいだ」

黒はぼやくように頭を掻いた。一房だけ銀が混じった黒い前髪。