《ご主人様》
隠形(おんぎょう)――姿を視認できないよう隠――したままの式(しき)に呼ばれ、一度瞼を下した。
「どうだった?」
《何やらにやにやしておりました》
「……は?」
式の報告に胡乱に訊き返せば、
《にまにま――とも言えましょうか。いつもの夜歩きかと思ったのですが、明らかに浮かれております。ふわっふわしております。一応おなごの私としては気味悪いです。もう見ていたくなかったので帰ってきました》
「………おい」
《では、私はこれにて》
「勝手に寝るな門叶(とが)! 明らかに浮かれてどこへ行くんだあの馬鹿は!」
《恋人のとこですかね》
「そう思うんだったらそこまで見届けて来い! その先が一番肝心なんだ!」
《だってキモかったんですよ》
「あれに恋人とかいたら桜城に何や言わなければならなくなるんだぞ」
《頑張ってください、ご主人様。私は桜城の鬼は苦手なのでこの屋敷からお見送り致します》
「せめて門前までついて来い!」
ぜえぜえ荒く息をする。
老体に鞭打ちすぎた……。
私の名は小埜古人(おの ふるひと)。澪の祖父であり、小埜家現当主。現在八十過ぎのじいさんだ。
家業を、陰陽師。
と言っても、人間に害を加えるものが対象であって、人間と変わらず生活するものとはむしろ手を組み世に争いが起きないようにするのも我が小埜家の役目だ。
桜城の鬼――黎の生家であるそこは、強力な力を持つ一族で、騒がしい連中を抑える方が得意だ。
よって、小埜家と桜城家は古くから交流がある。
黎は現在小埜姓を名乗っているが、本当の名は桜城である。桜城黎。