不審者の頭に私の拳が当たった。裏拳? なんでそんな低い位置に頭があるのかと思ったけど、背中の傷を見るために身をかがめていたみたいだ。
お、思いっきり殴っちゃった……けど不審者は怒ることもなく、ヒットした右側頭部を手でおさえながら言った。
「悪かったよ。もう触んねえから。あとは血を拭き取るだけだから」
「………」
不審者……男の人は言ったけど、おびえてしまった私は近くの樹にしがみついて震えるしか出来ない。
「………」
男の人はどうしたものかとでも考えているのか、難しい顔をしている。私は、今は自分の身を護るのに必死だ。なんだか流れとしてはこの男の人に助けられたみたいだけど、状況に頭が追いつかない。
「こっち来い」
「………」
私は返事が出来ない。
じーっと睨んでいると、男の人は何かを諦めたように、ふっと口の端をゆるめて立ち上がり私に歩み寄った。私はびくりと身体を震わせたけど、咄嗟に動けなかった。まだ目の前がぐらぐらする……。
「元気なのはいいけど、無理はするなよ」
……あ、限界だ。男の人が差し出した腕に、私は倒れこんだ。
「すぐに戻してやるから。……少し待ってろよ」
少しだけ待っていろ。遠のく私の意識に、言葉がかけられた。
「生きろよ」
そして、首筋に牙を当てた。