「黒藤。あの娘、気をつけなさい」

病院の中庭に出た母上は、俺にそう告げた。白は残党狩りをしている天音と無炎のもとへ、先に向かっている。

「梨実海雨の方ですか?」

「そうです。お前たちは真紅にあの娘の浄化を任せたのでしょうが、あの娘にあるのは妖異の残滓だけではない。……黒藤はわかっていて知らぬふりをしているでしょう?」

「……さあ」

誤魔化した俺に、母上は厳しい眼差しを向ける。それから、と俺が話す。

「母上、当主に戻られませんか? 現当主よりは、母上の方が統率も出来ましょう」

俺の提案にも、母上はふいっとそっぽを向いた。

「断ります。わたくしはあとは、姉様と共に真紅を育てる生き方をします。後継にはお前がいるのだから問題ないでしょう」

「俺は将来、御門の婿に入るつもりなので無理です」

「………」

母上から冷たい視線を向けられた。母上は白も大すきだからなあ……。そういう意味での目だといいなあ。……母上は、俺が精神的に疲れているととったらしい。

「……幼いお前を独り置いたことは謝ります。ですが、

「謝る必要はありません」

瞼を伏せた母上の言を遮った。

「母上が眠りにつかれた理由も、俺は総て納得しています。俺が母上の立場であっても、同じことをしていました。小路を継がないのは意趣返しとか嫌がらせとかでなくて、ただ単に、俺が生きたいのは白がいるところだというだけです」

母上は当然、白が本当は女性であると知っている。母上は目を細めた。

「お前は見た目だけでなく、旦那様に似ましたね。わたくしに似なくて本当によかった」

「突拍子がないところは母上譲りだと言われたばかりですが」

苦笑する俺に、母上は難しい顔をする。「黒藤、」と

「……無理に母と呼ばなくてもいいですよ。わたくしは、お前に母らしいことなんて一つもしてやれていない……。姉様のようには……」

瞼を伏せる母上に、俺は一つ瞬いた。