応接室に乗り込んで来たのは、着物姿の女性、先ほどまで離れた場所――天龍という山の中の影小路本家にいたはずの紅緒様だった。
「紅緒っ、病院で叫ぶんじゃないのっ」
後ろから小声で怒って紅緒を押さえたのは、同じ顔をした双児の姉である紅亜様。
「姉様(ねえさま)! 止めないでください! 黒藤は勝手にわたくしに解術(かいじゅつ)したのです! お前、わたくしが目覚める時間まで操作して何をする気だったのです!」
「……やっぱりお前の仕業かよ……」
いきり立つ紅緒様と、それを羽交い絞めにして止めようとする紅亜様。小埜家の三人は呆気に取られてしまい、紅緒様の言葉を理解した俺はため息を吐いた。
「紅緒様の封じに綻びなんてなかった。……黒が勝手にいじって、紅緒様の目覚めと真紅の封じが解けるのを早めた。……黎明のを生かすためか」
「まあな」
黒の軽い答えに、俺は苦虫を噛んだ。だからこいつは……とんでもないことを、なんでもない顔をして飄々とやってのけるんだからなー。俺が敵うわけないって。
「真紅の誕生日は、妖異の一部には知れていただろう。烏天狗に狙われていたくらいだからな。真紅の誕生日――明日まで待てば、始祖の転生を狙う烏天狗以外の妖異も一気に相手しなくちゃならない。それと同時に黎の件も片付けるのは少しばかり手がかかる。黎に何が起こるかまでは俺もわからなかったから、時間的余裕が必要だった。今回は、真紅の血の目覚めがよく自身が身のうちから真言(しんごん)を思い出してくれたが、最悪の場合も考えなくちゃならない。真紅が目覚めた力をコントロール出来ずに呑まれてしまうパターンだ。その場合でも、対応出来るのは俺と白だけ。真紅の封じが解けるのが早まれば、誕生日を狙っていた妖異はそれに気づくのも少しは遅れる。その差がほしかった。だから別に母上の目覚めは関係ないです。真紅の封じが、母上の予定より早く解ければよかっただけです」
簡単そうに話す幼馴染を見て、心底からため息を吐いた。
現状では黒の霊力の方が勝っているとはいえ、十六年前にかけられた、命をかけた術に介入して、呆気なく自身の掌中(しょうちゅう)に収めて操ってしまう。
……当代最強の呼び名は、伊達ではなさ過ぎる。