「黎を巡る血の、鬼としての性(さが)だけが浄化された、と……」
病院の院長室の隣にある応接室には、澪と祖父である古人翁、澪の父で院長の白衣の男性――嗣(つぐ)さんが揃い、そろって渋面(じゅうめん)をしていた。
翁は、黎の異変に気付いた澪に急きょ呼ばれた。だが、翁が到着したころには、総て終わっていた。
「まさか、そのようなことが出来ようとは……」
「始祖の転生の力は、総ては解読されていない。俺たちにはまだ知らないものが含まれていよう。だが、予定より一日早いが、母上が目覚め、真紅の血の封じが解かれているのも事実。それを迎えて、黎は退鬼されるどころか、鬼性を含んだ血を吐きだして生きている。俺と白が見た限りでも、黎から鬼の妖力は欠片も感じられなかった。見鬼である人間程度の霊力があるだけだ」
黒の説明に、翁は「むう」と唸った。――紅緒様が目を開いたところを、黒は水鏡で確認しているそうだ。
「黎が真紅嬢の血を得たとは知っていましたが、かような結末を迎えるとは……」
「結末ではない、翁(おきな)」
俺が口をはさむ。
「真紅はこれより影小路の人間となる。本人が、こちらへ――陰陽師の世界へ入ると、断言した。小路が、鬼人であり吸血鬼であった黎明のを受け容れるかも問題になってくるし、過去に倣(なら)い、転生である真紅を当主にと望む者もあろう。結末は、死の先にもない」
翁は、更に難しい顔をした。
「黎を預かっている身としては、まず桜城に話をつけねばなりませんな。今朝、桜城より黎を勘当(かんどう)――桜城とは縁を切ったと報せがありましたが、その出自は変わりません。なにゆえ勘当などという話になったかも、詳しい経緯(いきさつ)の説明を待っていたところです」
「黎明のを勘当? 何を慌てたことを……」
「ですが、桜城には、弟である架を正式にとの声が根強い。内部は、黎が就くよりは落ち着きましょう」
翁は、桜城の当主にはいち早く逢わねば、と付け足した。
「黎の処遇は翁にお任せします。桜城家と協議の結果は教えてください。早急の問題とすれば――」
「黒藤―! こんの馬鹿息子―っ!」
「……母上の対処です、翁方も小路の一派として逃れられませんこと、ご覚悟の上」