「なら、真紅の血を吸った直後くらいには黎はもう、鬼人でも吸血鬼でもなくなっていたんだろう。今見ても、徒人(ただびと)と変わりない。な? 白」

「ああ……今の黎明のから、鬼性は感じられない。妖異はまだ視えるだろうが、霊感の強い人間と、そう大差ないだろう」

黒藤さんと白ちゃんの言葉を聞いて、黎と顔を見合わせた。

「黎……人間に、なったの……?」

黒藤さんが再び問いかける。

「真紅を、血を欲した者の傍にいて、その血を求める気はないんだろう?」

「あ、ああ……でも、そんなことって……」

「有りえないことがないかもしれないのが、世界だ。真紅。本当にもう心配ないよ。黎は人間になって、真紅の血による命の心配はなくなった。――共に生きること、叶うぞ」

言いよどむ黎を制して、黒藤さんが言い放った。微笑とともに。

共に、生きる。

「……きんせいし、たてまつる」

甦って来た記憶の中に、月の色をした女性の口が、そう動いていた。私の唇も同じように動く。それを聞いた白ちゃんははっと息を呑み、黒藤さんは片目をすがめた。

私は片手を、黎の方へ伸ばす。この言葉は、あなたのため。

「かの、ものより、きしょうをとりはらいたまえ」

思考より先に口をついて出る音の意味を、遅れて頭が理解する。どこかで聞いたような言葉。身体の奥底で紡いだことのある言霊。

 謹製し奉る

 彼の者より鬼性を取り祓い給へ

「急々如律令――」

きゅうきゅうじょりつりょう――今すぐそうせよという、意味の言霊。

私の言霊は、空気を一変させた。

漂っていた鬼性――黎から掃き出された妖力の残滓が、ことごとく浄化されていく。そして黎は私を抱き寄せて深く息を吐いた。

その吐息が、最後だった。