「真紅ちゃん。今日はちょっと出かけてもいい?」
「うん? いいよ。じゃあ私はあっちから荷物持ってきて、あと海雨んとこに――
「じゃなくて、真紅ちゃんも一緒に」
九時前に目を覚ました私は、ママの提案に瞬いた。
昨日は何も持たずにママのところへ来たから、私が住んでいたアパートから荷物の移動をしないといけない。
ママは用事があるのなら、今日と明日の休日中にそれを済ませて、海雨にも逢いに行こうと思ったのだけど――。
「黒ちゃんのところへ呼ばれたの」
楽しそうなママに、私は瞬きを返した。
+
「いらっしゃいませっ」
ママに連れられてやってきたのは、住宅街も離れた、少し山の中へ入りかけるような場所だった。
近いとは言えないけど、歩ける距離に黒藤さんも白ちゃんもいたのか。
生垣で囲まれた敷地の間から見えた入り口辺りから、大学生風の女性が私たちに手を振っていた。初めて見る人だ。ショートパンツにオフショルダーのトップス、靴はスニーカー。動きやすさ重視のような恰好だけど、肩より長い髪はそのまま垂らしている。二十歳前後に見えるけど化粧っ気はない。素で綺麗な人だ。
ママは黒藤さんに呼ばれていると言っていたから、この人は影小路の人だろうか。
私たちが女性の前まで行くと、女性は膝に手を置いて大きく頭を下げて来た。それから顔をあげて微笑んだ。あ、瞳の色が紫色――
「お初に御目文字(おめもじ)仕(つか)まつります。紅亜様と真紅お嬢様でいらっしゃいますね。黒藤が式の一、縁(ゆかり)と申します」
黒藤さんの式だった。……青春謳歌中の学生かと思った。
「初めまして、桜木真紅です。……えーと、縁さんのことはママも見えてるの?」
隣を見ると、ママは肯いた。なんで自分にも妖異が見えているのかと、不思議そうな顔をしている。
「あたし、一応黒藤の姉ってことでご近所さんには話してあるんです。黒藤の一人暮らしって言いながら周りに式がいるのも、説明が難しいかなってことで。ですから、いつも顕現(けんげん)して人の姿を取っていて、姉弟二人暮らしってことになってます」