……人間(ひと)のさだめの、なんと憐(あわ)れなことか。
長い年月を生きる妖異が、主と共に生きるのはほんの瞬(またた)きほど。
何人もの主を持ったものもいる。一人にさえ仕えない妖異もある。
黒の若君は、涙雨が初めて主とした人間だ。
涙雨は時空の妖異。その翼で駆け抜ける。黒の若君のもとにいる、今は羽休めの時間だ。
ほんの瞬き、人に寄ってみようと思ったのだ。そして黒の若君はそう思わせるだけの存在だった。
黒の若君の式に下って、涙雨は面白い毎日しかない。
権威と権力をぶっ飛ばして突き進む主様。その先には惚れた女子(おなご)がただ一人。
……白の姫君のもとへ行く前に、天音殿の大鎌(おおがま)に貫かれて終わりな気しかしないがの。
天音殿もまた、白の姫君が初めての主だと聞く。
天女のような麗しい姿で、身の丈より長い大鎌を振るう天音殿。
鬼神(きしん)と呼ばれなくなっても、唯一『姫』と呼ぶ人との約束のため、白の姫君を護るためにそれを捨てようとはしないと黒の若君が言っておった。
護りたいもの、というやつか……涙雨にはわからんな。
羽を仕舞い直して、涙雨もしばし眠ることにする。
意識の一端はいかなる時も覚醒しているので、真紅嬢が目覚めれば涙雨も起きる。
……今は、おやすみじゃ。