「桜城真紅ちゃん?」

月御門別邸を出ようとした私への呼びかけに振り返ると、小柄な女の子が小走りでやってくるところだった。肩口より少し長い髪はくるくるとしていて、走るたびに踊っている。

「百合緋様、昏い中危ないですよ」

後ろからやってくるのは天音さんだ。少女は一度だけ振り返ってから、私の前に立った。

「はーい。白桜へのお客様よね? 私、水旧百合緋(みなもと ゆりひ)。真紅ちゃん、白桜のこと知ってるわよね?」

――とは、本当は女の子だということだろう、と何となく察せられた。

「うん――えっと、桜城真紅、です」

「百合緋って呼んでね? あのね?」

ちょいちょい、と百合緋ちゃんが手招くので寄って行くと、内緒話をするように耳元に唇を寄せて来た。

「白桜が女の子だってこと、この邸(いえ)でも、私と白桜の式しか知らないの。真紅ちゃんは私のヒミツ仲間ね?」

すぐに顔を離した百合緋ちゃんは、にっこり笑った。ヒミツ仲間。

「……うん。わかった」

「よろしくね。私、白桜のお仕事には関われないんだけど、恋愛系の話だったら得意よ。気が向いたらまた遊びに来てね」

そういう百合緋ちゃんと天音さん、白ちゃんに見送られて、月御門別邸を出た。





「あの、無炎さん?」

『なんだ?』

帰り道、無炎さんは隠形(おんぎょう)したまま答えた。

その存在を教えてもらってから、大体このあたりかな? というのはわかるのだけど、隠形されてなお姿が視えるほどではなかった。

「無炎さんって……元は黒藤さんの式、とかなんですか?」

『いや、そんなことはないが……。見た目が似ているの、気になるか?』

「少し……。白ちゃ――白桜さんと黒藤さん、流派が違うって聞いたから……」

そこには誰もいないように見えるけど、無炎さんの声のする辺りを見て話してしまう。

無炎さんは、少々の背丈の差とにごった紅い髪を除けば、黒藤さんと双児のように似ている。