『大変じゃが、黒の若君を主とさだめたのは涙雨じゃ。白の姫君に関しては残念な主様じゃが、陰陽師としては強者に違いない。涙雨は、黒の若君の御為(おんため)に生きると決めたゆえ』
………。
誰かの為に、生きる。
……こんな時間に訪ねても迷惑じゃない?
『白の姫君にこれから向かう旨、伝えることも出来る。真紅嬢さえゆく気になれば、白の姫君は待っておられよう。……我が主様が好いたのは、そういう御方じゃ』
……るうちゃんのご主人は黒藤さんなんでしょ? そっちに行くって思わなかったの?
『先刻、ことの概要を白の姫君に話したのは真紅嬢じゃろうて。黒の若君より話しやすかったのではないか?』
………。
話しやすかったと言うか、白ちゃんなら聞いてくれると感じた。初対面の人に勝手に持った印象だけれど、間違いではなかったと思う。
「……行っても、いいかな?」
『よいじゃろう。御母堂(ごぼどう)が目覚められる前に帰ってこような』
+++
「………」
……ここ、東京……? この門の中、全部樹海だったらどうしよう……。
るうちゃんに先導されて訪れた月御門別邸とやらは、広すぎた。ずっと同じ木の壁が続いているなあなんて思っていたら、月御門別邸を囲む塀だったらしい。やっと門までやってきたのだけど、見えるのは樹ばかり。
『真紅嬢? どうされた』
「えと……白ちゃん、ここに住んでるの?」
『白のひ――若君だけではないぞ? 御門の人間も何人かおる。無炎殿や天音殿も一緒じゃ』