「紅緒様は、真紅を術師として育てるおつもりなんだろう? なら、真紅は誕生日を迎えても死なないってことだ」

俺の楽観的な言葉に、黒は否(いな)を唱えた。

「それは母上の希望的観測に過ぎない。……真紅の力を封じることは、無涯が亡いなって大分弱っておられたときの決断でもある」

「………」

苦い顔をする黒を、横目に見た。永遠の恋人を失くした紅緒様。家のことが嫌いな、小路流の先代当主。

「お前の」

俺の落ち着いた声に、黒が顔をあげた。

「お前の母君は、お強い方だ。小路を護り、鬼神(きしん)を婿とされたほどに、な」

「………」

黒は表情を変えない。それは、俺以外が口にすれば簡単に暴発する、黒の地雷だ。

――黒の父もまた、人間(ひと)ではない。

「……百合姫は、変わりないか?」

俺のもと――月御門で預かっている物忌(ものいみ)の少女。黒はあからさまに話題を逸らした。

「百合姫は問題ない。……今のところ、だが」

「……俺が逢いに行っても百合姫には嫌われるだけで、あちらの気分転換にもならないだろう。……白にばかり百合姫のことは任せきりにしてすまない」

「じい様が請(う)けた案件だ。大事ない」

百合姫の件は、俺が先代の祖父から受け継いだ仕事だ。

百合姫は物忌(ものいみ)――百合姫の場合は、生まれついて憑き物があるということ――であるために、生家である水旧(みなもと)家より、旧縁の月御門家に預けられている。

――百合姫の憑き物は、祓ってはいけない類のもの。

そして百合姫は、黒との仲が険悪だ。

俺にとっては、生まれた時より傍にいる妹のような親友。

百合姫も俺が女だと知る数少ない一人なのだが、その俺を、嫁にする! と堂々と宣言する黒に対しては反感しかないようだ。

三人集まれば自分だけが護られる対象であるのも嫌らしい。

「ん?」

ふと、耳に言霊が届いた。

式に下していなくても、《契約》した妖異や、神や鬼の類と声の送り合いが出来る。

妖力が高いものではないとその声は人語にはならないが、俺はそうではないものの声も聞くことが出来た。

それは母様ゆずりらしい。