「あれは妖異の残滓(ざんし)だな」

廊下から病室の中を窺ったという白ちゃんの話に、私は首をかしげた。

現在、白ちゃんと架くんと、病院から帰る途中だった。

「ざんし?」

「うん。今、梨実海雨に妖異が取り憑いているわけではない」

「ほんとっ? じゃあ――」

「話は最後まで聞くものだ、真紅」

勢い込んだ私を、白ちゃんは言葉一つで制する。私は顎を引いた。

「今は、というだけで、恐らく過去には、海雨には妖異が憑いていただろう。それが何らかの理由で海雨から離れたか、朽ちた。そして、それはある程度力の強いものだったために、残滓――気配の残り香みたいなものが、まだ海雨にまとわりついている。その所為で病は回復しないのだろう」

「それは……取り払う? みたいなことは出来るの? 海雨が、せめて退院出来るくらいには――」

「そうさな。やり方で言えば、浄化が一番いいだろう。本体はもう海雨の中にも影にもいないから、残ってしまった気配だけを浄化すればいい。だが、問題点もある」

「問題?」

「海雨は現在ドナー待ちなんだろう? 長いこと瘴気(しょうき)――妖異の気配にさらされていて、身体は弱っている。ああ、回復のまじないもかけられるから、命の心配はしなくていい。ただ、臓器が弱っているのは少々厄介だ」

「それは、浄化がうまくいっても、ドナーは必要だと言うこと?」

見上げる私に、白ちゃんは厳しい面持ちで告げる。

「それは、どれだけ上手く浄化が出来たかによる。身体の中の隅々まで、妖異の残滓が取り除ければ臓器への障害も薄れるかもしれない。だが、失敗すれば……」

「………」

その可能性の続きは聞きたくない、と思い黙った。

白ちゃんはそれも察してか、口にはしなかった。

「依頼者は真紅だから、真紅の意見にもよるが、俺か黒が請け負うことになると思う。俺はともかく、黒なら失敗はない」