「……そ、そそそそれはやめてほしいっ」

「今まで通りでいいの?」

「その言われ方が恥ずかしいだけっ!」

「でも、父さんや祖父にとっては、紅緒様は『姫君』だったよ? 未だにそう呼んでるし」

「……そういう時代錯誤なところは変えていこうよ……」

「そうかなあ?」

首を傾げる架くん。……架くんの考えの根本は、総て『鬼人・桜城一族』なんだろう。

永く守って来た鬼人の血筋。だから黒藤さんを、『若君』なんて一般では聞かない呼び方も普通に出来る。

……架くんは私に好意的だし、黎とのことも背中を押してくれる。自分を責めがちな私の状況ではありがたい人だけど、いざ話してみると(家のことに関してのみ)若干常識に欠けているのが難点だ。

しかし、総てを求めることほど不毛なこともないだろう。完璧な人なんていない。

完璧、か……。

「……白ちゃんと黒藤さんって、どういう関係なのか知ってる?」

「幼馴染って言ってるよ。若君のが一つ年上だけど。最近まで若君は、影小路の本家にいたんだ。跡目争いってやつで」

「確か紅緒さんは先代なんだよね? それで今は黒藤さんが後継者って……」

「本来は紅緒様のすぐ跡は、若君だったんだ。紅緒様が眠られた当時まだ一歳だったから内部で反発があって、紅緒様の代で当主名代(みょうだい)だった方が襲名されて、今も当主を務めておられる。去年若君が十六歳を迎えられて、正統なる後継者である若君を当主にと推す声が強まって来たんだ」

「……でもさっき、黒藤さん……あ、でもって言っちゃった」

慌てて口を押さえると、架くんは軽く笑った。