「ただいま戻りました」
 タキシード姿でばっちり決めたショーマが事務所に戻ってきた。

「おかえりなさい、よくがんばったわね。さあ、おいで」
 美人の女社長がまるで猫を呼ぶかのようにショーマを呼ぶ。

 ショーマは女社長のFカップ以上あるであろう胸に飛び込んだ。
 それはお母さんに飛び込む子供のように……
 愛しい恋人へ抱き着くように――
 愛人に抱かれる紳士のように――

 普段冷静沈着で顔色一つ変えない彼が唯一心を許す場所であった。
 それは女社長の胸の中。胸に顔をうずめると、彼の顔はすっぽり隠れてしまうくらい女社長の胸は大きく、柔らかく弾力がある。そのときのショーマの顔は、冷静沈着とは程遠いヘタレ顔である。純粋無垢の子供のようである。

 ショーマの髪の毛を撫でながら、
「がんばったね」
 優しい声で社長がささやく。私は胸の中ですりすりしながら……
「うん」
 私は一言、こどものような甘え声で返事をする。

 社長はおねえさんのような存在であり母のような存在である。この人が私に礼儀作法を一から教えてくれた。世の中を教えてくれた。育ててくれた恩がある。

 私はバイトもクビになり、あてもなく街をさまよっていた。ハローワークにでも行ってちゃんとした仕事を探そうか、とりあえずバイトでも探そうかなどと思っていた。

 私には家族がいない。身寄りがないので十八歳で施設を出て、職を転々としたが、いい仕事はみつからなかった。合う仕事が見つからなかったと言ってもいいかもしれない。礼儀作法や行儀や言葉使いもきちんとしていなかった私は、この人に鍛えられたのだ。一からきっちり指導されたのだ。正直辞めようと思ったこともあった。しかし、彼女のおかげで眼力という特殊能力を授かったのだ。もし、ここを辞めるのならば眼力を返上しなければならない。この能力があると役に立つときがあるのだ。ないよりはあったほうがいい。

 そして、彼女の胸に顔をうずめるという行為はよくできた後のご褒美であり、これの快感を知るとなかなか辞められなくなる。

 ただの社長と社員の関係かって? 何が普通で何が普通ではないのか? その基準は私が決めることではない。少なくとも社長のおかげで、生きる希望ができたのだから。私がものすごくいいことをして頑張れば、胸に顔をうずめる以上のご褒美もあったりする。

 恋人同士かどうかって?
 どちらかというとペットと飼い主だろうか。でも飼い主はペットをものすごく愛している。愛犬がいなくなったら探すだろう? 死んだら悲しむだろう。すりすりしたいだろ? ペットは懐くだろう。

 私たちの関係は他の人と比べても仕方のないことだし、私たちにとっては普通なのだ。恋人なのかもしれないし、仕事のパートナーなのかもしれない。

 社長に女性を口説くテクニックを教わった。女性への接し方も教わった。
 このおかげで私の恋愛偏差値はぐんと上がったのだが、このテクニックを仕事以外で使うことはないだろう。社長にテクニックは通用しないのだから。


 最後に、モテないと感じる奥手男子へ捧ぐ――

 これはほんの一部だが、恋愛テクニックと人生観を紹介しよう。このお話の総復習だ。

 ①嫌な顔一つせずに傾聴しましょう。
 女性は聞いてもらうことで幸福を得られるそうです。
 話すことによりストレスが発散されるのであれば、いくらでも聞きましょう。

 ②「あなたは世界で一人しかいません。ですからあなたは価値があるのです」
  「優しくて 美しいところですよ」
 このようなセリフを物おじせず言えるような人になりましょう。

 ③お金でレンタルできるものとできないものがこの世にはあるのです。
  それはあなたの恋人や結婚相手かもしれません。

 ④弱気を見せたときは心が開いた証拠
  大きな心で包み込みましょう。

 ⑤他の人と比べても仕方のないこと。自分にとっての普通は変えることはないのだ。
 価値観を他人に縛られてはいけません。他の人が何と言おうと自分の価値観は自分で決めましょう。それは相手になる人間の容姿も既存の価値観にとらわれてはいけないということです。

 ⑥仕事への価値観
 これも普通にとらわれずに収入面だけを求めるのではなく、自分に合った仕事を見つけましょう。

 人生、普通、という価値観にとらわれず私はレンタル彼氏を続けます。そして特殊能力も私から見れば普通の能力なのです。あなたも一度レンタル彼氏を試してみませんか?