私はプロのレンタル彼氏のショーマです。レンタル彼氏って何か? それは彼氏がほしいという女性のお客様を主にお相手するお仕事です。もちろん男性のお客様でも、彼氏がほしいのならばお相手します。年齢は基本的に問いません。老若男女関係なく承ります。売春の類のお仕事ではありません。

 私は肉体関係を持つことは致しませんし、求められてもお断りいたします。お金を追加されてもお断りする意味は、プロの彼氏だからです。彼氏ならばいいのではないか? と思われるかもしれませんがあくまでレンタルです。妊娠などをされても困りますし、精一杯、肉体関係以外でお相手いたしますので、どうかご容赦くださいませ。

 近頃、一人で寂しいけれど理想の彼氏を作ることができないとか、特定の彼氏はいらないけれど、話し相手が欲しいというお客様の急増により、レンタル彼氏の需要は軒並み急上昇でございます。料金が定額制で一般の人が払いやすい金額というのが、いいのかもしれません。日常の中の隙間を埋める仕事とでもいいましょうか。

 さて今夜の依頼は、キャリアウーマンの未婚の女性のお客様です。ベッドに一緒に寝てほしいという依頼です。自宅デートのように自宅で話を聞いてほしいという依頼でございます。自宅という指定の依頼は結構ありまして、職場や知人に知られたくないというお客様が多いのです。たまに芸能人や有名人の類もいらっしゃいます。

 もちろん一緒に寝ても、何も致しませんし眠ったら私は失礼します。

 恋愛はしたくないけれど、お金を払うから私は尽くされたいという女性が多いですね。お金はあるけど、尽くしたいという気持ちがないので、どうも恋愛には踏み込めないとか。

 今日の依頼者は三十代半ばの女性です。見た目はスタイルもよく賢そうな美人系女子とでもいいますか。彼氏がいても全然おかしくないのですが――ギブ&テイクの愛情のやり取りが面倒だというのです。彼女はリピーターのお客様で、私に指名を入れてくださいます。

 きっと私のおもてなしの心が、リピーターとなったのだと思っております。私は、この会社ができてからの古株の部類ですから。この仕事の大変さもうれしさも熟知しているつもりでございます。

「ショーマ君、待っていたわよ」
 ブランド物のバッグがたくさん並べられた高級マンションの一室に、このお客様は住んでおります。高学歴で高収入の彼女は、男を寄せ付けないオーラがありますが、私には3回目ということもあり、心を開いているようです。

 いきなり抱き着いてきました。
 1回目はお見合いの席のように、距離を取って座っていた彼女でしたが、2回目には密着して肩にもたれかかるようになり、今回はベッドで寝てほしいという依頼までしていただきました。

 この仕事をやっていて光栄でございます。
 こうやってお客様に満足いただけることが一番ですから。

「今日は、ショーマ君と私のはじめてのベッドだね」
 キャリアウーマンを今日は捨てましたという口調全開で、少し胸元の開いた服をお召になっております。

「会いたかったよ……ミサ……」
 この女性はミサという名前ですが、呼び捨て指示があったので、あえてミサと呼び捨てにいたしております。

 顧客のニーズに答えることこそが一番のお仕事ですから。

 ミサは私のことが気に入ったのか、やけに積極的であります。一回目には見せなかった甘え顔にばっちりきめたお化粧。短いスカートを履き、下着がちらっと見えるくらいのサービスを計らっているのでしょうか?

 契約恋人なので、時間内は相手を本気で好きになり愛します。仕事ですから、私情ははさみません。仕事相手を好きになることも、手を出すこともいたしません。そういった契約内容を知ってか知らぬふりをしているのか、ミサは誘惑するかのように、ほっぺにキスをします。

 1回目のミサは薄化粧で、服装も地味なキャリアウーマンでした。お金はあるけれど、心が満たされない。そんな女性でした。
 恋愛はおっくうだけれど、誰かに話を聞いてほしい……。
 そんなときにネットの片隅にレンタル彼氏の広告をみつけたらしいです。
 詐欺サイトかもしれない騙されないだろうか? ましてや何かされるのではないか? 不安を持ちながらの1回目は、個室のレストランでした。

 彼女は愚痴をこぼしました。嫌な上司。使えない後輩。同期の嫌味な女。仕事に対する本気を感じない新入社員……。数え上げたらきりがないくらい、愚痴と不満がありました。

「本当に使えないのよね。本気で仕事に取り組む姿勢が感じられないのよ。早く結婚して退職したいの、見え見えなのよね。同期の女はいつも出世競争してくるから本当に疲れる。お互い独身だし、結婚予定もないし……一生この会社にいるのだろうし。はぁ~上司もいやだけど同期も嫌だわ。私のくつろげる場所が会社にはないわ。常に敵に囲まれている戦闘状態だもの」
 ため息をつきながら、マシンガントークは続きます。

 結婚をした女友達への不満や妬みもありました。結婚したとたん付き合いが悪くなった親友。結婚式のあと一度も会っていない友達。こども自慢の年賀状。ため息しか出ない。

「せっかくご祝儀もたくさん渡したのに、薄情よね。連絡は年に一度。こども自慢の年賀状だけよ。一生友達でいようねって言っていたのを信じていたのが馬鹿だったのよ。高収入の人と結婚して専業主婦している友達がある意味うらやましいわ。気楽じゃない、主婦なんて」

 出産したいけれど 結婚はしたくない。
 そんな矛盾した悩みもすべて話してくれました。

 私はそれを嫌な顔一つせずに、傾聴しました。女性は聞いてもらうことで幸福を得られるそうです。話すことによりストレスが発散されるのであればいくらでも聞きましょう。仕事ですから。

 彼女は2回目のデートで自宅を希望しました。彼女は1回目よりもかわいらしい洋服に身を包み、化粧も流行を取り入れたようなメイクを施しておりました。私が紳士的で良い人だということが理解できたのでしょう。

 手料理を振る舞い、一緒にお酒を飲みながら彼女の学生時代の話や仕事の話を聞きました。私は聞いていただけで、何もしてはおりません。

「私、中学の時は結構モテていたのよ。男子から結構告白されたし。高校では勉強をがんばっていたし、周りから尊敬されていた部類の人間だったのよ。大学も一流大学だったし。でも、一流大学の先に何があるのか私には見えなかった。夢も見つけられなかったから、今、こんなことしているの」
 
 自慢が入りつつの、自虐をいれつつの彼女の半生をただ、聞いていました。

 3回目が今日です。
 時間は2時間となっているので、最初から彼女は誘惑モードのようです。ベッドで寝てほしい。そう彼女の瞳はささやきます。
 私は「寝るだけならば、ベッドに行ってもかまいません」と念を押しました。

 彼女と私はベッドで寝ころびながら天井を見上げました。そして、彼女はたわいない話を始めました。彼女の瞳を見つめながら、私は聞き入りました。

 彼女は手を握りました。そして、キスをします。しかしながら、私にはその気はありませんので、やんわりとかわしました。

 わざと私の手を彼女の体に触らせようと誘導するのですが、それもうまくかわしました。性交渉はできません。しかしお客様の心を傷つける行動もできないのです。

 私は、彼女を抱きしめながら話を聞きました。彼女は将来への不安を口にしたのです。
「結婚したくないわけではないの。孤独死も嫌だし老後の不安もある。彼氏は欲しいけれど面倒な気持ちもある。結婚をしたいけれど、いい相手がいない」

 自分は孤独死するのではないか?
 一生一人ではないか?
 不安の渦の中にいるようでしたので彼女の手をにぎり、相槌を打ちながらほんの少し、一般的なアドバイスをしました。

「ねぇ、ショーマ君。私と本気で恋愛してみない?」
 そのように彼女はベッドの上でささやきました。

 そして、そのまま眠るのです。
 なぜならば、私の眼力を彼女に使いましたから。この特殊能力があるので、レンタル彼氏として会社でもトップの成績を誇り、指名は上昇しています。

 私の特殊能力の眼力を使うと女性は眠りに落ち、夢の中で幸せになれるのです。
 そして夢の中で私に対していいイメージが焼き付くというレンタル彼氏としてはとても有能な能力なのです。

 相手が性的関係を望んできたときや対応が難しい時は、眼力を使います。
 ちょっとした能力ですが、会社員であればあまり使えない能力でしょう。私の能力は、特殊な仕事や分野でなければ発揮できない、特殊能力なのです。

 彼女は眠りに落ちました。きっと明日も仕事が待っているのでしょう。つかの間のひと時、夢の中で幸せになってほしいものです。

 ミサは翌朝目が覚めて、4回目のレンタル予約を入れるのでありました。

 相当夢の世界がよかったのか……本気で彼を愛してしまったのかもしれません。
 愛してもらえるように振舞うことが仕事なのだから。ショーマは優秀なプロのレンタル彼氏なのです。