パトカーのドアが勢いよく開く。降りてきたのは警察の制服に身を包んだ千歳姉だった。
「暦、明ちゃんからさっき全部聞いたよ! 馬鹿、何で相談してくれなかったの!」
久しく顔を合わせていなかった唯一の血を分けた人は、いつの間にか大人になっていた。話し方も何もかもが、私の周りにいる学生とは違って、ちゃんとした大人だった。
「だって千歳姉に迷惑かけたくなかったの」
言い訳をする私に、姉は怒った様子でまくしたてる。
姉の言葉から、明がSNS経由で姉を探し出したこと。私が美容院で弥生のスマホを盗み出している間に、脅迫を受け二人で放火にいたったことと匿ってほしいことを一方的に連絡したことが分かった。
刑事の視点から見て、私たちの完全犯罪の計画がいかに子供の浅知恵だったかを突きつけられた。穴だらけの計画に、DNA鑑定、鑑識、GPS、通信履歴という言葉が降り注ぐ。
「愛しの恋人に対して厳しすぎやしませんか?」
「はあ?」
明の言葉を姉は理解していない。私たちを叱責する声から力が抜け、まるで宇宙人に出会ったのかのように怪訝な目を明に向けた。
「暦、紹介するね。隣の県で警察やってる私のカノジョ。千歳さん」
姉と腕を組み、私に向き直る明。今思えば、明自身は一度も「彼氏」とは言わず「恋人」と言っていたことを思い出す。私の一番近くに存在した男女の夫婦の関係がひどくいびつなものに思えたので、同性愛はむしろ健全なものだとすら感じられた。
「今、冗談言ってる場合じゃないでしょ!」
姉は暴力こそ振るわないが一層激昂して明を怒鳴りつける。明は私の姉を勝手に恋人と呼んでいるだけのようだ。よく考えてみれば、姉の口ぶりから察するに明と姉が初めて連絡を取ってからそう日は経っていない。
「暦は年上だからって一人で抱え込みすぎなんだ。だから暦の実のお姉ちゃんと付き合えば暦を義理の妹ってことにして守れると思った。でも、もういいや。別れよっか」
明は自分から組んだ姉の腕を振り払った。一方的に始めた姉との関係を一方的に終わりにする。
「暦は本当のお姉ちゃんを頼ればいいよ。暦はもう人を信じられるし、人を頼れるんだ。もう心配いらないよ」
どんな時も信頼し合っていたはずの私たち。明は初めてそれを試すような発言をした。あの言葉の真意に馬鹿な私はようやく気付く。
「明」
声を振り絞って、大切な人の名を呼んだ。
「うん。その呼び方の方が好き。やっぱり最後はこよ姉のことはこよ姉って呼びたい」
明は私に微笑みかける。そして、不穏なことを言ってログハウスに近づく。
「知ってる? 丸山弥生のやつ、別荘にもデータ保管してやがったんだ。でも、あいつ間抜けだから、私にベラベラしゃべりやがんの」
私の頭に忌々しい女の顔がチラつく。明も同じように彼女を思い出したのか、丸山家の車に向かって唾を吐いた。
「これでこよ姉は自由だ」
明は不敵に笑うと昨日私が教えた方法で派手に火を点けた。爆発のような音がしてあっという間にログハウスが大きく燃え盛る。
「刑事さん、見たでしょ? 昨日の放火も全部私一人でやりました。こよ姉は関係ありません。私は嘘つきだからさっきの話は嘘。私の単独犯です」
最初からこうするつもりだったんだ。明以外の人を頼ることすらできない馬鹿な私を解放するために、強引な手段をとったんだ。動けない私の手を引いて、「助けて」と言わざるを得ない状況を作るつもりだったんだ。二人なら怖くないと言いながら、一人で全部罪を被るつもりだったんだ。
「違う、私も」
そう叫ぶ私の口に明が人差し指をあてて制止する。私たちの振袖がキスをするように触れ合った。明が微笑む。マスカラ、チーク、アイシャドウ、どれをとっても成人らしい化粧。私だって同じように化粧をしているはずなのに、明だけが大人になったように見えた。
「ばいばい、こよ姉。大好きだよ」
そのまま最後に私を一度だけ強く抱きしめた。抱きしめ返そうとすると私の腕をすり抜けて、丸山家の車に飛び乗る。エンジンをかけたかと思うと、馬力が日本車とは桁違いの外車は急発進、急加速した。
私は追いかけようとしたが、疲れ果てた体と振袖姿ではうまく走れなくて足がもつれてすぐに転んでしまった。立ち上がって追いかけるも、どんどん明が離れてい行く。車はついに見えなくなった。
「嫌だ、待ってよ明! 明! 行かないで明!」
私は泣き喚いた。行かないで、明。あなたがいたから息が出来たの。妹と二人で起こした大火と同じ色の炎が燃え盛っているのに、隣に明はいない。自由の松明を私のために掲げてくれた女神はもういない。
明の残した熱を間近に感じ、その中に面影を必死に探した。幻影に縋る私の腕を姉が掴んだ。
「火が強くてこのままじゃ危ない! とりあえず避難するから乗って!」
私はパトカーに押し込まれるように乗せられた。姉が火から逃げるために全力でアクセルを踏んだ。
「大丈夫。暦は何も心配しなくていい。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
成人を迎えた私に、姉は子供に言い聞かせるように語り掛ける。私が何もできない子供だったから、明を巻き込んだ。明一人に全部背負わせた。
あの日、幼い私は明を信じた。私の信じた明は人を頼ることも力だと言った。でも、一方的に信じることは依存することに他ならない。そんな簡単なことに気づけないほどに、私は狭い世界に閉じ込められていた。
鳥籠は焼き払った。明が掴んだ振袖をぎゅっと掴む。
「千歳姉、私、戦うよ」
明を守れる私になって明を助けに行く。明は私の魂の妹だ。
「暦、明ちゃんからさっき全部聞いたよ! 馬鹿、何で相談してくれなかったの!」
久しく顔を合わせていなかった唯一の血を分けた人は、いつの間にか大人になっていた。話し方も何もかもが、私の周りにいる学生とは違って、ちゃんとした大人だった。
「だって千歳姉に迷惑かけたくなかったの」
言い訳をする私に、姉は怒った様子でまくしたてる。
姉の言葉から、明がSNS経由で姉を探し出したこと。私が美容院で弥生のスマホを盗み出している間に、脅迫を受け二人で放火にいたったことと匿ってほしいことを一方的に連絡したことが分かった。
刑事の視点から見て、私たちの完全犯罪の計画がいかに子供の浅知恵だったかを突きつけられた。穴だらけの計画に、DNA鑑定、鑑識、GPS、通信履歴という言葉が降り注ぐ。
「愛しの恋人に対して厳しすぎやしませんか?」
「はあ?」
明の言葉を姉は理解していない。私たちを叱責する声から力が抜け、まるで宇宙人に出会ったのかのように怪訝な目を明に向けた。
「暦、紹介するね。隣の県で警察やってる私のカノジョ。千歳さん」
姉と腕を組み、私に向き直る明。今思えば、明自身は一度も「彼氏」とは言わず「恋人」と言っていたことを思い出す。私の一番近くに存在した男女の夫婦の関係がひどくいびつなものに思えたので、同性愛はむしろ健全なものだとすら感じられた。
「今、冗談言ってる場合じゃないでしょ!」
姉は暴力こそ振るわないが一層激昂して明を怒鳴りつける。明は私の姉を勝手に恋人と呼んでいるだけのようだ。よく考えてみれば、姉の口ぶりから察するに明と姉が初めて連絡を取ってからそう日は経っていない。
「暦は年上だからって一人で抱え込みすぎなんだ。だから暦の実のお姉ちゃんと付き合えば暦を義理の妹ってことにして守れると思った。でも、もういいや。別れよっか」
明は自分から組んだ姉の腕を振り払った。一方的に始めた姉との関係を一方的に終わりにする。
「暦は本当のお姉ちゃんを頼ればいいよ。暦はもう人を信じられるし、人を頼れるんだ。もう心配いらないよ」
どんな時も信頼し合っていたはずの私たち。明は初めてそれを試すような発言をした。あの言葉の真意に馬鹿な私はようやく気付く。
「明」
声を振り絞って、大切な人の名を呼んだ。
「うん。その呼び方の方が好き。やっぱり最後はこよ姉のことはこよ姉って呼びたい」
明は私に微笑みかける。そして、不穏なことを言ってログハウスに近づく。
「知ってる? 丸山弥生のやつ、別荘にもデータ保管してやがったんだ。でも、あいつ間抜けだから、私にベラベラしゃべりやがんの」
私の頭に忌々しい女の顔がチラつく。明も同じように彼女を思い出したのか、丸山家の車に向かって唾を吐いた。
「これでこよ姉は自由だ」
明は不敵に笑うと昨日私が教えた方法で派手に火を点けた。爆発のような音がしてあっという間にログハウスが大きく燃え盛る。
「刑事さん、見たでしょ? 昨日の放火も全部私一人でやりました。こよ姉は関係ありません。私は嘘つきだからさっきの話は嘘。私の単独犯です」
最初からこうするつもりだったんだ。明以外の人を頼ることすらできない馬鹿な私を解放するために、強引な手段をとったんだ。動けない私の手を引いて、「助けて」と言わざるを得ない状況を作るつもりだったんだ。二人なら怖くないと言いながら、一人で全部罪を被るつもりだったんだ。
「違う、私も」
そう叫ぶ私の口に明が人差し指をあてて制止する。私たちの振袖がキスをするように触れ合った。明が微笑む。マスカラ、チーク、アイシャドウ、どれをとっても成人らしい化粧。私だって同じように化粧をしているはずなのに、明だけが大人になったように見えた。
「ばいばい、こよ姉。大好きだよ」
そのまま最後に私を一度だけ強く抱きしめた。抱きしめ返そうとすると私の腕をすり抜けて、丸山家の車に飛び乗る。エンジンをかけたかと思うと、馬力が日本車とは桁違いの外車は急発進、急加速した。
私は追いかけようとしたが、疲れ果てた体と振袖姿ではうまく走れなくて足がもつれてすぐに転んでしまった。立ち上がって追いかけるも、どんどん明が離れてい行く。車はついに見えなくなった。
「嫌だ、待ってよ明! 明! 行かないで明!」
私は泣き喚いた。行かないで、明。あなたがいたから息が出来たの。妹と二人で起こした大火と同じ色の炎が燃え盛っているのに、隣に明はいない。自由の松明を私のために掲げてくれた女神はもういない。
明の残した熱を間近に感じ、その中に面影を必死に探した。幻影に縋る私の腕を姉が掴んだ。
「火が強くてこのままじゃ危ない! とりあえず避難するから乗って!」
私はパトカーに押し込まれるように乗せられた。姉が火から逃げるために全力でアクセルを踏んだ。
「大丈夫。暦は何も心配しなくていい。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
成人を迎えた私に、姉は子供に言い聞かせるように語り掛ける。私が何もできない子供だったから、明を巻き込んだ。明一人に全部背負わせた。
あの日、幼い私は明を信じた。私の信じた明は人を頼ることも力だと言った。でも、一方的に信じることは依存することに他ならない。そんな簡単なことに気づけないほどに、私は狭い世界に閉じ込められていた。
鳥籠は焼き払った。明が掴んだ振袖をぎゅっと掴む。
「千歳姉、私、戦うよ」
明を守れる私になって明を助けに行く。明は私の魂の妹だ。