我慢の限界だった。

「自由になろうよ」

 成人式前夜、明と私は決意する。村の墓地を二人で訪れて、初めて自分の意志で悪いことをした。明はセーラー服のスカートをたなびかせて、私の手を引いて走って逃げた。

 後にはひけなくなった。久しぶりに懐かしい施設を訪れても震えは止まらなかった。

 施設の子供たちは、NPO団体から振袖を借りて成人式に出席する。それは里子に一時的にお世話になっている子供たちも例外ではなかった。成人式当日の朝は早いので、施設に泊まることになっていた。

 十年ぶりに明と一緒に眠った。人生最大の決断を下した夜なのに、明の鼓動をすぐそばに感じるだけで、今までで一番深く眠れた。世界中が敵になったって明のことだけは信じられる。夢の中で、明と私は本当の姉妹だった。

 翌朝、弥生が着付けをする美容院は知っていた。自分たちの着付けが終わった後、美容院を訪れて弥生の家族だと言ってスマホを盗んだ。そのまま大急ぎで、弥生の家に向かう。弥生の父母が成人式の来賓挨拶で家を空けることも全部、何もかもが好都合に働いた。

「日本史の授業で、江戸時代に明暦の大火っていう火事があったって習ったんだ」

 数日前に明がぽつりと呟いた。二年前に私もそれを習っていた。江戸の町を焼き尽くした大火事。あんな風に全部なくなってしまえばいいと何度思ったか。

「お焚き上げ中の振袖が風で舞い上がったから、めちゃくちゃ燃え広がったんだって。だから、振袖火事とも呼ばれてるんだってさ」

 専門学校の授業で火に関する知識は多少増えた。だから、その原理は今なら詳しく分かる。

「起こしてやろうよ、メイレキの大火。ほら、自由の女神って松明持ってんじゃん」

 どこに隠したか分からない写真を燃やすために弥生の家に二人で火をつけた。放火を提案したのは明。強い火力を出す方法を画策したのは私。下準備をしたのも私。最終的に火をつけたのがどちらかなんて関係ない。二人で起こした火によって、弥生の家は派手に全焼した。

 犯人だとバレるのも時間の問題。成人式の警備に警察が出払っている間に逃げ出した。

 一つ、時間稼ぎをした。昨夜、丸山家の墓地から骨を盗んだ。筋書きは、こう。火の中から二人分の遺骨が見つかる。家に忘れ物を取りに来た私と付き添った明は不運にも偶然発生した火事に巻き込まれ死んだ。

 足が棒になるまで走り続けて、ようやく辿り着いたログハウスが目的地。ここに明の彼氏が迎えに来てくれて、車でなるべく遠くへ逃げる。匿ってくれる味方との待ち合わせ場所。

 私はスマホを持っていないけれど、明は持っている。私が美容院であれこれしている間にこっそり電話をしてくれたみたいだけれど、あとどれくらいで来てくれるのかは分からない。

「大丈夫かな。バレないかな」

「私の恋人舐めんなよ。警察の事情にも精通してるし、いつも車を爆速で乗り回してんだ。だから、こよ姉は絶対捕まったりなんかしないよ」

 ログハウス前には外車が停まっている。ここは丸山家の別荘。私は強く掌の中の鍵を握りしめた。丸山家からこっそり盗んだ別荘の車のキー。これがあれば運転のできる明の彼氏がどこまででも遠くへ連れて行ってくれる。明は嘘をつかない。明の言葉を私は無条件に信じた。