明とは同じ児童養護施設で育った。貧しいながらも幸せな生活だった。
生後一か月で両親を亡くした。交通事故だった。夏特有のゲリラ豪雨で路面が冠水し、車がスリップしたことによる玉突き事故。四台の車が巻き込まれ、それらに乗っていた全員が死亡した。両親の他、成人男性五名と子供が二人亡くなったらしい。施設の空き状況の関係で年の離れた姉、千歳姉とはバラバラに引き取られた。一足早く施設を去った。高校卒業と同時に夢だった警察官になり、この村を出て山を越えた先の警察署で捜査一課に勤めている。
明はシングルマザーの母親に恋人が出来たことで邪魔になって捨てられたらしい。何かの手続きで戸籍を見た時に、顔も知らない弟がいるらしいことを知ったと言う。
私は千歳姉の妹で、明はどこかの男の子のお姉ちゃん。でも、明は私を「こよ姉」と呼んで慕ってくれた。本来妹の私は明のお姉ちゃん、本来お姉ちゃんの明は私の妹。
私の幸せが崩壊したのは、里子に出された時から。引き取られたのは奇しくも同級生の丸山弥生の家庭だった。弥生とは当時あまり深い付き合いはなかったけれど、学級委員を務める弥生はクラスメイトからの人望も厚かった。家が裕福なことを鼻にかけず、品行方正で誰に対しても優しい弥生は、勉強は得意ではなかったけれどみんなの人気者だった。
「明日から暦と姉妹になるんだよ。ずっときょうだいが欲しかったから楽しみ」
そうクラスのみんなの前で宣言した弥生の目には一点の曇りもなく見えたはずだった。でも、あの子と私がちゃんと姉妹でいられた期間はほんの数日だけだった。
優しそうに見えた弥生の母親は私を虐待した。冴えない雰囲気で妻の言いなりだった弥生の父親はそれを見て見ぬ振りした。
「この忌み子が」
弥生の母は私をそう言って罵倒した。証拠が残らないように巧妙に行われていたとはいえ、弥生が気付くのは時間の問題だった。現場に居合わせた弥生の前で、母親はヒステリックを起こした。
「弥生の本当のパパは、こいつの親に殺されたのよ! こいつは人殺しの娘なのよ!」
あの事故で亡くなったうちの一人に、弥生の母の当時の恋人が乗っていたらしい。弥生の母は当時弥生を妊娠していたという。弥生の親族は、未婚で子供を出産するよりはと従姉弟同士の関係にあった弥生の父と結婚させた。彼が無精子症であることを私が知ったのは、随分後になってからだった。
その日から、弥生も私に辛く当たるようになる。学校では私が孤立するように仕向け、家では好き放題に私を虐げた。
「なんで弥生は私をいじめるの」
あの事故で父の過失割合が何パーセントだったのかは分からない。原因を作ったのが父の車だったのかどうかすらインターネットが今ほど発達していなかった当時の情報は調べようがない。どうして私だけが酷い目に合わなければいけないのか分からなかった。
「私、怒ってないよ。悲しいだけなんだ。昔の弥生に戻ってほしいだけなんだ」
馬鹿で純粋だった私は対話によって分かり合えると信じていた。少なくとも、これから姉妹として仲良くしてくれるなら全部水に流すつもりでいた。
「お前に何が分かるんだよ! 好きでいい子にしてたんじゃねえよ、家庭環境がちょっとでも普通と違ったらいい子にしてないとボロクソに言われるんだよ」
私の能天気さは、弥生の逆鱗に触れた。
「六十点とっただけで、親がイトコ婚だから知的障害だって言われたことあんのかよ」
弥生は泣きながら私に暴力を振るった。服で隠れるところばかりを殴られた。
「なんでもない日にいきなりパパの本当の子供じゃないって、パパとママは愛し合ってなんかないって、八つ当たりまがいに告知される気持ちが分かるのかよ!」
生まれて初めて、誰かの悲痛な叫び声を聞いた。初めて聞くそれがまさか複雑な生い立ちを持つ施設の仲間ではなく、一見普通のお金持ちの家庭で育った女の子のものになるなんて予想だにしなかった。
「お前さえいなければ、ママはおかしくならなかったんだ! お前もあの事故で死んでれば、ママの前に現れさえしなければ、何も知らずにいられたのに!」
あの子もつらいんだ。私が悪いんだ。これは私の罰なんだ。
姉からの手紙は勝手に処分され、私から送る手紙も検閲されている。施設に多額の寄付をする丸山家にかかれば不祥事の隠蔽だってお手の物。
どうせ誰も助けてくれない。私が耐えていれば丸く収まる。
「暦は一生私の奴隷だから」
痛くても、苦しくても、それは私が悪いから。息が出来ないくらいに胸が苦しくなるたびに、このまま呼吸か心臓かどちらかが止まったら楽になれるかもしれないと淡い希望を抱いた。
犯罪行為を強要されても、どんなにひどいことをされても仕方がない。それが、人殺しの娘にできる唯一の償いだから。
生後一か月で両親を亡くした。交通事故だった。夏特有のゲリラ豪雨で路面が冠水し、車がスリップしたことによる玉突き事故。四台の車が巻き込まれ、それらに乗っていた全員が死亡した。両親の他、成人男性五名と子供が二人亡くなったらしい。施設の空き状況の関係で年の離れた姉、千歳姉とはバラバラに引き取られた。一足早く施設を去った。高校卒業と同時に夢だった警察官になり、この村を出て山を越えた先の警察署で捜査一課に勤めている。
明はシングルマザーの母親に恋人が出来たことで邪魔になって捨てられたらしい。何かの手続きで戸籍を見た時に、顔も知らない弟がいるらしいことを知ったと言う。
私は千歳姉の妹で、明はどこかの男の子のお姉ちゃん。でも、明は私を「こよ姉」と呼んで慕ってくれた。本来妹の私は明のお姉ちゃん、本来お姉ちゃんの明は私の妹。
私の幸せが崩壊したのは、里子に出された時から。引き取られたのは奇しくも同級生の丸山弥生の家庭だった。弥生とは当時あまり深い付き合いはなかったけれど、学級委員を務める弥生はクラスメイトからの人望も厚かった。家が裕福なことを鼻にかけず、品行方正で誰に対しても優しい弥生は、勉強は得意ではなかったけれどみんなの人気者だった。
「明日から暦と姉妹になるんだよ。ずっときょうだいが欲しかったから楽しみ」
そうクラスのみんなの前で宣言した弥生の目には一点の曇りもなく見えたはずだった。でも、あの子と私がちゃんと姉妹でいられた期間はほんの数日だけだった。
優しそうに見えた弥生の母親は私を虐待した。冴えない雰囲気で妻の言いなりだった弥生の父親はそれを見て見ぬ振りした。
「この忌み子が」
弥生の母は私をそう言って罵倒した。証拠が残らないように巧妙に行われていたとはいえ、弥生が気付くのは時間の問題だった。現場に居合わせた弥生の前で、母親はヒステリックを起こした。
「弥生の本当のパパは、こいつの親に殺されたのよ! こいつは人殺しの娘なのよ!」
あの事故で亡くなったうちの一人に、弥生の母の当時の恋人が乗っていたらしい。弥生の母は当時弥生を妊娠していたという。弥生の親族は、未婚で子供を出産するよりはと従姉弟同士の関係にあった弥生の父と結婚させた。彼が無精子症であることを私が知ったのは、随分後になってからだった。
その日から、弥生も私に辛く当たるようになる。学校では私が孤立するように仕向け、家では好き放題に私を虐げた。
「なんで弥生は私をいじめるの」
あの事故で父の過失割合が何パーセントだったのかは分からない。原因を作ったのが父の車だったのかどうかすらインターネットが今ほど発達していなかった当時の情報は調べようがない。どうして私だけが酷い目に合わなければいけないのか分からなかった。
「私、怒ってないよ。悲しいだけなんだ。昔の弥生に戻ってほしいだけなんだ」
馬鹿で純粋だった私は対話によって分かり合えると信じていた。少なくとも、これから姉妹として仲良くしてくれるなら全部水に流すつもりでいた。
「お前に何が分かるんだよ! 好きでいい子にしてたんじゃねえよ、家庭環境がちょっとでも普通と違ったらいい子にしてないとボロクソに言われるんだよ」
私の能天気さは、弥生の逆鱗に触れた。
「六十点とっただけで、親がイトコ婚だから知的障害だって言われたことあんのかよ」
弥生は泣きながら私に暴力を振るった。服で隠れるところばかりを殴られた。
「なんでもない日にいきなりパパの本当の子供じゃないって、パパとママは愛し合ってなんかないって、八つ当たりまがいに告知される気持ちが分かるのかよ!」
生まれて初めて、誰かの悲痛な叫び声を聞いた。初めて聞くそれがまさか複雑な生い立ちを持つ施設の仲間ではなく、一見普通のお金持ちの家庭で育った女の子のものになるなんて予想だにしなかった。
「お前さえいなければ、ママはおかしくならなかったんだ! お前もあの事故で死んでれば、ママの前に現れさえしなければ、何も知らずにいられたのに!」
あの子もつらいんだ。私が悪いんだ。これは私の罰なんだ。
姉からの手紙は勝手に処分され、私から送る手紙も検閲されている。施設に多額の寄付をする丸山家にかかれば不祥事の隠蔽だってお手の物。
どうせ誰も助けてくれない。私が耐えていれば丸く収まる。
「暦は一生私の奴隷だから」
痛くても、苦しくても、それは私が悪いから。息が出来ないくらいに胸が苦しくなるたびに、このまま呼吸か心臓かどちらかが止まったら楽になれるかもしれないと淡い希望を抱いた。
犯罪行為を強要されても、どんなにひどいことをされても仕方がない。それが、人殺しの娘にできる唯一の償いだから。