市場に買い物に行くのは私の仕事だった。同行したがるライカに、芋や肉は重いのでか弱いライカには持たせられないと言ったら、その分料理を頑張るとしぶしぶ納得した。

「私、お姉ちゃんなのに」

 そう言って頬を膨らませるライカですらも愛おしいと思った。

 魔女は血の色こそ違うが、外見は人間と変わらない。身体検査でもされなければ、魔女とは気づかれない。

 買い物を終えた私が歩いていると、道の先で魔女検問が行われていた。聖職者が道を行く女の指先に一人一人針を刺して、血の色を確かめている。私は来た道を引き返し、遠回りして帰ることにした。今までもそうしていた。

「おい、そこの女、止まれ」

 今日に限って、なぜだか見つかってしまった。そういえば最近司祭が変わっていた。今までであれば追及されなかったが、新しい司祭はより厳しい魔女狩りをするようだ。捕まれば殺される。私は買い物袋を捨てて逃げ出した。足の速さには自信があった。

 通行人をすり抜けて、走り続ける。しかし、私は忘れていた。母以外の人間は皆、敵だ。司祭が「魔女だ、捕まえろ」と叫べば、多くの人間にあっという間に囲まれた。私は縄で捕らえられた。針を刺されて、青い血が肌を伝うと群衆が悲鳴を上げた。

 私はどこかほっとしていた。捕まったのがライカでなくて良かったと。本当はそのために村人の前に姿を現すリスクは私一人が背負っていたのだから。ライカには常々伝えていた。私が帰ってこなくても、絶対に探しに来るなと。

 私の処刑は夕刻にライカが生まれた花畑で行われた。

「これより、魔女の焚刑を始める」

 司祭の合図で狂った群衆が沸き立った。私は火刑台の柱に縛りつけられた。

 頭に浮かぶのはライカのことばかり。ライカは優しいから探すなと言っても私を探してしまったらどうしよう。私の死後、誰がライカを守るのだろう。不安に襲われた。

 頭の中に走馬燈が流れる。ふと、母の言葉を思い出す。強い竜を呼ぶには強い魔力が必要だと。私は魔力に目醒めていないのではなく、運命の竜が強すぎるからではないのだろうか?十四歳の私の魔力で呼ぶ強い竜であれば、この状況を打破し私とライカを乗せてタイヴァスへと飛び立てるのではないだろうか?

 先刻の針の血は残念ながら、止まっていた。出来れば、なるべく多くの血を。一か八か、私は唇を強く噛みちぎった。青い血が不気味にだらりと流れた。これが、生涯最後の竜を呼ぶ儀式だ。一縷の望みに懸けて、私は歌う。もし神様がいるのなら、この願いを片割れに届けて欲しい。

 命懸けの歌は虚しく虚空に響いた。炎のような夕焼け空に竜は影も形も見えなかった。分かっていたはずじゃないか。奇跡は起こらない。この世に神などいないのだから。神がいるのならば、敬虔な修道女であった母が殺されるはずがない。

 私にとっての女神はこの地上にただ一人だ。その時、遠くから栗色の髪をなびかせて駆けてくる少女の姿が見えた。馬鹿、あれほど探すなと言ったのに。でも、ライカは優しいから私を探しに市場に行ったのだろう。そして、魔女の処刑の噂を聞きつけてここまでやってきたのだろう。

 心が落ち着くのを感じた。どんなに強がっても、私は一人きりで死ぬのは怖かった。でも、最期に貴女に会えて良かった。私の女神は、最期まで私を一人ぼっちにはしないでくれた。

「何か言い残すことはあるか」

 涙を流すライカと目があった。泣かないで、ライカ。私は貴女と生きられて幸せだった。だから笑って逝こう。

「ライカ、大好き」