俺の名前は正義。せいぎと読む。名前の通り正義の塊だ。ある日突然女神が俺の舞い降りたんだ。出会いなんて突然あるものさ。美しいその人は、俺に語り掛ける。

「ねぇ、あなた、私と一緒に神の仕事をしてみない?」

「俺は怪しいことには興味ない」

 不思議なことに美しいその人はどうやら俺にしか見えないし触れることはできない。時々俺の目の前に現れては神にならないかとうっとうしいくらいにスカウトをしてくる。

「なぜ俺なんだ?」

「私、正義感の強い人を求めているの。あなたとならば正しい世界を創造できると思ったの」

 半信半疑だったが、偶然ニュースでやっていた立てこもり事件が生放送で中継されていた。

「今から私が子供を助け出すわ。犯人に罰を与えるから見ていて」

 なんとも不思議な話だが、その後犯人は突然意識を失い倒れたようだ。犯人に女神が鉄槌をくだしたらしく、人質の子供は無事だったようだ。女神は人に見られることなく正しいことをできる人だということを証明したのだ。

「私の力が本物だってわかったでしょ?」

「俺のまわりには正しい人しかいないから、俺にそんな力は必要ない」

「本当にそう言い切れる?」

 あざ笑うように、俺を試すように女神は語り掛けた。

「あなたのお父さんは本当に正しいの?」

「厳格な父で真面目で仕事一筋だ。正しいに決まっている」

「それって思い込みでしょ?」

「まさか、父は正義感が強い正しい人だ」

「じゃあ、みてみる?」

 女神はモニターで仕事中の父の姿を映し出す。

「こんなこともできんのか!! おまえは虫以下の能力か!!!」

 すごい勢いで怒鳴りつける父がいた。パワハラの域に入っているようだ。
 それも部下をことごとく怒鳴りつけ、本当に正しいことなのかどうかも、何をそんなに怒っているのかもわからなかった。

「家庭では本当にお父さんは正しいの?」

 女神がほくそ笑む。

「俺の家では、母親が家事育児を全て行っており、父はイクメンとはいいがたい。幼少の頃から機嫌が悪くなると母を怒鳴り散らすのは日常茶飯事だった」

「本当にいい父なの?」

 女神が念を押すように言い放つ。俺は一瞬考えた。

「いや、ずっと心にわだかまりがあったんだ。きっとどの父もそうなのだろう、父親とはいつも無口で不機嫌で家庭では何もしない一番偉い人だと洗脳されていたのかもしれない」

「じゃあ、お父さんに神の力で気づかせてあげないと」

「でも、神になるならば命がなくなるとか代償があるだろ?」

「何もないわよ。あなたは今のまま世の中の悪い人たちに制裁を加える力を与えてあげる。だってあなたの基準は正しいのだから」

「俺の考えは正しいと認定してくれるのか?」

「そうよ、神に値する正義感をもっているわ、私と正しい世界を作ってみない?」

「俺は間違った人々を気づかせるために、神になるよ」
 
 俺は決心した。何も失うことなく正しい行いができるのだから。

 神という名前の悪魔なのか天使なのかもわからないまま、俺は女神に洗脳されていたのかもしれない。

 気づいたら父親が俺の目の前で気絶していた。俺が神の力で父を正しい方向へ導かせようとしていたのかもしれない。

 父には殴られたあとが多数あり、人はそれを家庭内暴力というかもしれない。でも、俺は選ばれた神なのだ。そして、それは間違いを正すための儀式に過ぎないから家庭内暴力ではなく、神の制裁なのだ。女神が俺を選んだのだから。

 女神は突然現れては俺に色々なことを吹き込む。このままだと女神の指示により、他人にも鉄槌をくだすことになるだろう。普通ならば警察に捕まってしまうかもしれない。でも、選ばれた神である俺は捕まることはないだろうがな。

 誰にも見えない女神の存在は俺にしかわからない。本当に彼女が存在しているということは証明不可能なのだ。だから、他人から見れば俺は虚言妄想癖だと思われるかもしれないな。でも、たしかに女神は俺の中にいるのだ。もう、戻れないところまで来てしまった。俺はUターンできないのだ。