「……いやぁ、暑かったね」
「ですねぇ。ああ、お水が冷たくて美味しい」

 自宅一階のリビングで、僕とララノはこれでもかとキンキンに冷えた水を飲んでいた。

 ちなみにこの水はブリジットの氷の魔法剣を使って冷やした物だ。

 彼女が魔法剣を使えて本当によかった。

 二日前にトリトンが過ぎ去り、天気も良くなったので秋野菜の作付けをやっていたんだけれど、熱中症になるかというくらいに暑かった。

 少し前に「日本の夏よりも涼しいな〜」なんて思っていた自分を呪いたい。

 帰ってきてすぐにララノと交代で水浴びしたけど、一刻も早くプールの建築を進めるべきかもしれないな。

「トリトンが来たら涼しくなるって思ったんだけど、読みが甘かったみたいだね」
「え?」

 ララノがタオルで髪の毛を拭きながら、目を瞬かせた。

「……あっ、サタ様ってトリトンははじめてなんでしたっけ?」
「そうだね。今回が初体験」
「なるほど。では覚悟しておいたほうがいいですよ? 蒸し暑さはこれからが本番なので」
「うげ、ホントに?」

 この暑さが更に酷くなるの?

 これは真剣に熱中症対策をしないとまずそうだな。

 持久力強化の付与魔法をかけたら、いくらかましにならないかな? 

 合わせ付与で「熱耐性」みたいな効果が出ないか調べてみる必要がありそうだ。

 空になったコップをキッチンに運びながらララノが言う。

「この蒸し暑さを吹き飛ばすために、今日はあっさりしたお昼ご飯にしましょうか」
「あ、いいね。こんな日は素麺とか食べたいな」
「……ソーメン?」

 ララノが不思議そうに首をかしげる。

「……あ、ごめん。僕の故郷で食べられる料理なんだ。小麦を使った麺料理で冷やして食べることが多くてさ。暑い日にピッタリなんだよね」
「そんな料理があるんですね。残念ながらそのソーメンはありませんが、パスタで似たようなものをお作りしましょうか。トマトやトレビスをオリーブオイルで和えちゃえば、夏にピッタリのパスタが作れますよ」
「あ、それおいしそう。是非お願いします」
「承知しました。ララノにおまかせあれ」

 力こぶを作って嬉しそうに耳をピコピコと動かすララノ。

 うん、可愛い。

 ララノが料理をしている間に農具のメンテナンスでもしようかと思っていたら、二階から駆け下りてくる足音が聞こえた。

「サタ先輩っ!」

 ブリジットだった。

 今日は錬金術の研究をすると部屋に閉じこもっていたはずけれど、何故かその手には鍋を持っている。

「……どうしたの? てか、その鍋は何?」
「聞いてくれサタ先輩! ここ最近トリトンのせいで外に出られなかったのでカレーを作ってみたのだが」
「カレー」

 いや、錬金術はどこ行った?

「ララノから一晩寝かせたほうが良いとアドバイスを受けてな」
「あ〜、確かに一晩寝かせたカレーはおいしいよね」
「そうらしいな。なのでこうしてじっくり一晩添い寝をしてみたのだ」
「おお、それは実においしそ……え? 添い寝?」

 え、何? リアルに寝ちゃったの? 

 カレーと一緒に?

 ウソでしょ?

「ベッドが多少カレー臭くなってしまったが、毎晩カレーに包まれているような錯覚があってなかなか良かったぞ。サタ先輩もやってみたらどうだろう」
「遠慮しておく」

 変な夢を見そうだし、ララノからは変な目で見られそうだ。

 わかりやすく辟易とした表情を作ったのだけれど、華麗に無視してブリジットが続ける。カレーなだけに。

「というわけでサタ先輩。おいしいカレーが出来たので、お昼は私が作ったカレーにしてはどうだろう?」
「あ〜、ごめん。お昼はララノが冷パスタを作るみたいだし、カレーは夜がいいんじゃないかな」

 真夏日なのにカレーっていうのもアレだけどさ。

 辛さで暑さをふっとばせるのかもしれないけど、汗だくになるのは遠慮したい。

「そうか!」

 ブリジットは爛々と目を輝かせる。

「ならばもう少し添い寝をすることにしよう。ふふ、これでまた一段と美味しいカレーになるな!」

 ブリジットは「お昼の準備ができたら呼んでくれ」と言い残して二階へと駆け上がっていく。

 そんな彼女を呆然と見送る僕。

 突っ込むのも面倒だから、そっとしておこう。

「はい! お昼時にこんにちは!」

 と、今度は玄関から来客の声。

 リュックを背負った小さな女の子が立っていた。

「あ、プッチさん、いらっしゃい」
「どうもです。いつもの物資を持ってきましたよ」

 プッチさんの肩越しに外を見ると、荷が満載の馬車が停まっていた。

「今回は鶏肉に豚肉……あとはこれが入ってますよ」
「おお、麦ですか」

 プッチさんが無限収納リュックの中から取り出したのは黄金色の麦の穂だった。

 もうそんな時期か。

 小麦は粉にしてパンを作るのもいいし、素麺づくりにチャレンジしてみてもいいかもしれないな。

 こっちの世界でも素麺を食べられたら最高だ。

「それと、ビックリするような朗報も一緒に持ってきましたよ」
「え? 朗報?」
「そうです。先日の瘴気浄化の一件で、どうやらサタさんのことが世間に広く知れ渡ったようでして」
「…………」

 思わず閉口してしまった。

 静かにのんびり暮らしたい僕にとって、名前が広く知れ渡るのは全然朗報じゃないんですけど。

「是非サタさんの農園の野菜を卸して欲しいっていう商会や貴族が名乗り出ているみたいなんです。それでボクを仲介して是非サタさんに──」
「プッチさんには悪いけど、遠慮しておきます」
「ええ、そうでしょう、そうでしょう。この機会にパルメ様以外の貴族ともつながりを作っちゃえば、ガッツリ儲けることも──って、なんで拒否!?」

 そのまますっ転んでしまいそうなくらいにのけぞるプッチさん。

「ちょ、ちょっと待ってください! お金ですよ!? 大量のお金が入ってくるんですよ!? 拒否する理由なんてどこにあるんですか!?」
「いやだって、面倒そうじゃないですか」
「め、面倒!?」
「そうです。僕はそういう面倒ごとに関わりたくなくてここに引っ越してきたんです。そんなことに首を突っ込んだらララノに怒られちゃいますよ」

 ちらりとキッチンを見る。

 パスタを茹でているララノとばっちり目が合った。

「その通りです。頑張りすぎはダメですからね?」

 そして、したり顔でそんなことを言う。

 スローライフをするために頑張るなんて、実に本末転倒すぎる。

 これはララノの受け売りなんだけど。

「……ぐぬぬ」

 ララノの声を聞いてプッチさんは渋い顔で何かを言いかけたが、ぐっと飲み込んで「サタさんがそういうのなら、仕方がないです」と渋々納得してくれた。 

「とりあえずプッチさんもお昼ご飯を食べていってくださいよ。今日は暑い日にピッタリな冷パスタですから」
「あ、それでしたらホエールワインもお願いします」

 ちゃっかりワインも要求された。

 ここは居酒屋じゃないんだけどな。

 ──と呆れつつも「いいですよ」と承諾してしまった。

 だって僕もちょっと飲みたかったし。

 というか、昼間っから一番煎じのホエールワインを飲めるなんて、なんて贅沢なんだろう。

「……これぞスローライフの醍醐味だな」

 窓から見える広大な農地を眺めながら、僕はつくづくそう思った。

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ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一部は完結でございます!

毎日更新をやってきましたが、しばらく書き溜め期間を頂ければと思います。
再開時期の目処が立ちましたらTwitter等で告知させていただきます!

それでは、また!