「……えっ!?」
表に停まっている荷馬車に載せられていた十ほどの樽を見た瞬間、驚嘆の声が出てしまった。
荷台に並べられていた樽全てに、ホエール地方のワイン醸造所の印が入っていたのだ。
これって確か、ホエールワインを貴族に納品する際に使う特注の樽だったよね。
ということは──。
「まさかこれ、全部一番煎じのホエールワインなの!?」
「はいっ! サタさん正解っ!」
プッチさんがシュバッと僕を指差した。
「どう!? すごいでしょ!? 貴族しか飲めない一番煎じのホエールワインが十樽ですよっ!」
「じ、じゅ……っ」
頭がクラッとしてしまった。
一番煎じのワインは貴族御用達の高級品で、一般庶民はどうあがいても口にすることはできない。
来年のブドウ収穫期にラングレさんから貰える約束になっているけれど、そんなふうに原産者から譲ってもらうしか手に入れる方法はないのだ。
そんなワインが十樽も。
末端価格がいくらになるのか、恐ろしすぎて計算できない。
「サタ様見てください。こっちの木箱には金貨が……」
ララノが蓋を開けている木箱には、金貨がずらりと並べられていた。
ざっと数えて……五百枚くらいかな。
もはや驚きの声すら出なかった。
納品した作物に関しては相応の額で買い取ってくれるという話だったけど、これは市場価格の倍……いや三倍くらいはありそうだ。
想定以上の代金に一番煎じのホエールワインが十樽。
さらに、この荷馬車。
なんだろう。ここまで羽振りが良すぎると逆に怖くなってしまう。
また何か無茶振りされるとか、無いよね?
「多分、子爵様はサタさんのことが気に入ったんですよ」
プッチさんがニコニコ顔で言う。
「そう……なんですかね?」
「子爵様は美食家ですからねぇ。ご存知の通り、今年のホエールブドウは不作なのでワインの醸造数も少なく、本当なら手放したくないはずなんです」
でも、パルメ様はこうして十樽も送ってきてくれた。
なんだか恐縮してしまう。
それに、街の司祭様や領主様との繋がりが出来たのも恐れ多すぎる。
別に求めていたわけじゃないし、スローライフに必要のない繋がりだけど。
しかしと、荷台に並んでいるワイン樽を見て思う。
途中で盗賊に襲われないとも限らないのに、こんな高価な荷物をドノヴァンさんひとりに運ばせるなんてパルメ様の決断も凄い。
それだけドノヴァンさんに厚い信頼を向けているってことなんだろうか。
見た目から強そうだったし、盗賊が集団で襲ってきても軽く返り討ちしそうな雰囲気だった。
まぁ、僕の農園の場所を調べずに出発したいたのはご愛嬌だけど。
パルメ様の依頼なんだから、土地区画管理ギルドにでも聞けばすぐに──。
「……ん? ちょっと待てよ?」
僕の脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。
「プッチさんって、パルメザンに向かってる途中でドノヴァンさんに会ったんですよね?」
「……え? あ、はい、そうですね」
「そのとき、ドノヴァンさんはこの農園の場所を本当に知らなかったんですか?」
「そうみたいですね」
「街の土地区画管理ギルドに聞けば一発でわかるのに?」
この土地はパルメ様から委託され、土地や居住区を管理している「土地区画管理ギルド」から購入したので、彼らに確認すれば場所は正確に分かるはず。
無関係者ならダメかもしれないけど、パルメ様の依頼ならギルドの職員も快く協力してくれるだろう。
なのに、その確認すらせずに出発するなんて、ありえるのだろうか。
「……あ〜、ええっと」
なんだか微妙な顔で言葉を濁すプッチさん。
その目はわかりやすく泳いでいる。
それを見て、確信した。
「プッチさんがここに戻って来たのって、ドノヴァンさんから道案内を頼まれたんじゃなくて、彼が一番煎じのホエールワインを大量に運んでいたからじゃないですか?」
「ぎくっ」
わざとらしく身をすくめるプッチさん。
やっぱりか。
荷馬車に満載だった一番煎じのホエールワインを見て、僕にお願いすれば何樽か譲ってもらえるかもしれないかと考えたのだろう。
醸造数が通年よりも少ない今年は末端価格が跳ね上がっているだろうし、下手をすれば一樽だけで一財産築けるくらいになってるのかもしれない。
商人の食指が動くには、十分すぎる商品だ。
「ちなみに市場価格っていくらくらいなんです?」
「……え? 市場価格?」
「この一番煎じのホエールワインですよ。不作の影響で高騰してるんですよね?」
「あ、えっと……一樽で金貨五十枚くらい、ですかね?」
「…………」
日本円に換算すると大体五百万円くらいか。
交渉次第ではもっと上がるはず。
うん、べらぼうに高い。
そりゃ商人の血が騒ぐわけだ。
「全く。どうせいくつか譲ってもらえないか僕と交渉しようと考えていたんでしょうけれど」
「そ、そんなことは……ええっと」
「良いですよ」
「いや、だから別にボクは……って、今なんて言いました?」
キョトンとするプッチさん。
「プッチさんにいくつかお譲りしますよ。どうせ十樽あっても僕たちだけじゃ飲みきれないですし」
「ほっ……本当ですかっ!?」
「はい。好きなだけ持っていってください」
「うぎゃああああっ! ありがとうございます、サタさん! あなたは神! 神すぎる! 道案内役を申し出てマジよかったぁあああぁ!」
プッチさんが嬉しそうにピョンピョンと跳ねまくる。
燻製野菜がちゃんと納品できたのはプッチさんがかけつけてくれた所が大きいし、これくらいはララノたちも許してくれるはず。
──と思って荷台のララノたちをみたら、目を丸くしていた。
「……あ、ごめん。良いよね?」
一応、尋ねてみる。
ララノは笑顔で頷いてくれたけど、荷台のブリジットは未練たらたらと言った感じで渋々頷いてくれた。
やばい。勝手に決めちゃまずかったか。
「よし。ひとりにつき一樽を割り振ることにしよう」
「承知した。それで手を打とうではないか」
即答だった。ブリジットは本当にわかりやすくて助かる。
ララノも嬉しかったようで、尻尾をぶんぶんと振っていた。
いやまぁ、やっぱり一番煎じのホエールワインは楽しみだよね。ラングレさんのブドウ園で飲んだけど、あの味は今でも忘れられない。
「よし。プッチさんもいることだし、瘴気浄化作戦成功を祝って、皆でワインパーティでもしようか?」
「ワインでパーティですと!?」
即座に反応したのはプッチさんだ。
「それは実に良き考えですね! 盛大に祝勝会と行きましょう!」
「いや、祝勝って」
誰かと戦って勝ったわけじゃないんだけど。
「……まぁいいや。丁度、燻製小屋で羊肉の燻製を作ってるところだから、燻製を食べながらワインを楽しもう」
「ほほう! 燻製か!」
ブリジットが颯爽と荷台から降りてくる。
「そういえば燻製小屋の方から何やら良い香りがするなと思っていたのだ! 流石はサタ先輩だ! こうなることを見越して先行して燻製を作っていただなんて、おみそれしたぞ!」
「あ、え……そ、そうかな?」
抜け駆けしてひとりで羊肉の燻製を食べようとしていたなんて言えなくなった。
ちょっと気まずいから燻製小屋に逃げようっと。
「ええと、ワインと一緒に食べるとなると量が必要だから、もっと作ってくるね」
「あっ! 私も手伝いますよ、サタ様!」
元気よくララノが手を挙げる。
それに続いてブリジットがポンと荷馬車を叩いた。
「では私はこの樽を運んでワインの準備をしよう」
「え? あ、えっと、ボクは……ワインのテイスティングをやっておきます!」
「…………」
胡乱な目でプッチさんを見る僕。
それ、ただ抜け駆けしてワインを飲みたいだけなんじゃないですかね。
いやまぁ、プッチさんはお客さんだし別に良いんだけどさ。
そうして、手分けをしてワインパーティの準備を始める僕たち。
そんな僕たちの側を、トリトンの足音を感じさせる一陣の風が、美味しそうな羊肉の香りを乗せて駆けていった。
表に停まっている荷馬車に載せられていた十ほどの樽を見た瞬間、驚嘆の声が出てしまった。
荷台に並べられていた樽全てに、ホエール地方のワイン醸造所の印が入っていたのだ。
これって確か、ホエールワインを貴族に納品する際に使う特注の樽だったよね。
ということは──。
「まさかこれ、全部一番煎じのホエールワインなの!?」
「はいっ! サタさん正解っ!」
プッチさんがシュバッと僕を指差した。
「どう!? すごいでしょ!? 貴族しか飲めない一番煎じのホエールワインが十樽ですよっ!」
「じ、じゅ……っ」
頭がクラッとしてしまった。
一番煎じのワインは貴族御用達の高級品で、一般庶民はどうあがいても口にすることはできない。
来年のブドウ収穫期にラングレさんから貰える約束になっているけれど、そんなふうに原産者から譲ってもらうしか手に入れる方法はないのだ。
そんなワインが十樽も。
末端価格がいくらになるのか、恐ろしすぎて計算できない。
「サタ様見てください。こっちの木箱には金貨が……」
ララノが蓋を開けている木箱には、金貨がずらりと並べられていた。
ざっと数えて……五百枚くらいかな。
もはや驚きの声すら出なかった。
納品した作物に関しては相応の額で買い取ってくれるという話だったけど、これは市場価格の倍……いや三倍くらいはありそうだ。
想定以上の代金に一番煎じのホエールワインが十樽。
さらに、この荷馬車。
なんだろう。ここまで羽振りが良すぎると逆に怖くなってしまう。
また何か無茶振りされるとか、無いよね?
「多分、子爵様はサタさんのことが気に入ったんですよ」
プッチさんがニコニコ顔で言う。
「そう……なんですかね?」
「子爵様は美食家ですからねぇ。ご存知の通り、今年のホエールブドウは不作なのでワインの醸造数も少なく、本当なら手放したくないはずなんです」
でも、パルメ様はこうして十樽も送ってきてくれた。
なんだか恐縮してしまう。
それに、街の司祭様や領主様との繋がりが出来たのも恐れ多すぎる。
別に求めていたわけじゃないし、スローライフに必要のない繋がりだけど。
しかしと、荷台に並んでいるワイン樽を見て思う。
途中で盗賊に襲われないとも限らないのに、こんな高価な荷物をドノヴァンさんひとりに運ばせるなんてパルメ様の決断も凄い。
それだけドノヴァンさんに厚い信頼を向けているってことなんだろうか。
見た目から強そうだったし、盗賊が集団で襲ってきても軽く返り討ちしそうな雰囲気だった。
まぁ、僕の農園の場所を調べずに出発したいたのはご愛嬌だけど。
パルメ様の依頼なんだから、土地区画管理ギルドにでも聞けばすぐに──。
「……ん? ちょっと待てよ?」
僕の脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。
「プッチさんって、パルメザンに向かってる途中でドノヴァンさんに会ったんですよね?」
「……え? あ、はい、そうですね」
「そのとき、ドノヴァンさんはこの農園の場所を本当に知らなかったんですか?」
「そうみたいですね」
「街の土地区画管理ギルドに聞けば一発でわかるのに?」
この土地はパルメ様から委託され、土地や居住区を管理している「土地区画管理ギルド」から購入したので、彼らに確認すれば場所は正確に分かるはず。
無関係者ならダメかもしれないけど、パルメ様の依頼ならギルドの職員も快く協力してくれるだろう。
なのに、その確認すらせずに出発するなんて、ありえるのだろうか。
「……あ〜、ええっと」
なんだか微妙な顔で言葉を濁すプッチさん。
その目はわかりやすく泳いでいる。
それを見て、確信した。
「プッチさんがここに戻って来たのって、ドノヴァンさんから道案内を頼まれたんじゃなくて、彼が一番煎じのホエールワインを大量に運んでいたからじゃないですか?」
「ぎくっ」
わざとらしく身をすくめるプッチさん。
やっぱりか。
荷馬車に満載だった一番煎じのホエールワインを見て、僕にお願いすれば何樽か譲ってもらえるかもしれないかと考えたのだろう。
醸造数が通年よりも少ない今年は末端価格が跳ね上がっているだろうし、下手をすれば一樽だけで一財産築けるくらいになってるのかもしれない。
商人の食指が動くには、十分すぎる商品だ。
「ちなみに市場価格っていくらくらいなんです?」
「……え? 市場価格?」
「この一番煎じのホエールワインですよ。不作の影響で高騰してるんですよね?」
「あ、えっと……一樽で金貨五十枚くらい、ですかね?」
「…………」
日本円に換算すると大体五百万円くらいか。
交渉次第ではもっと上がるはず。
うん、べらぼうに高い。
そりゃ商人の血が騒ぐわけだ。
「全く。どうせいくつか譲ってもらえないか僕と交渉しようと考えていたんでしょうけれど」
「そ、そんなことは……ええっと」
「良いですよ」
「いや、だから別にボクは……って、今なんて言いました?」
キョトンとするプッチさん。
「プッチさんにいくつかお譲りしますよ。どうせ十樽あっても僕たちだけじゃ飲みきれないですし」
「ほっ……本当ですかっ!?」
「はい。好きなだけ持っていってください」
「うぎゃああああっ! ありがとうございます、サタさん! あなたは神! 神すぎる! 道案内役を申し出てマジよかったぁあああぁ!」
プッチさんが嬉しそうにピョンピョンと跳ねまくる。
燻製野菜がちゃんと納品できたのはプッチさんがかけつけてくれた所が大きいし、これくらいはララノたちも許してくれるはず。
──と思って荷台のララノたちをみたら、目を丸くしていた。
「……あ、ごめん。良いよね?」
一応、尋ねてみる。
ララノは笑顔で頷いてくれたけど、荷台のブリジットは未練たらたらと言った感じで渋々頷いてくれた。
やばい。勝手に決めちゃまずかったか。
「よし。ひとりにつき一樽を割り振ることにしよう」
「承知した。それで手を打とうではないか」
即答だった。ブリジットは本当にわかりやすくて助かる。
ララノも嬉しかったようで、尻尾をぶんぶんと振っていた。
いやまぁ、やっぱり一番煎じのホエールワインは楽しみだよね。ラングレさんのブドウ園で飲んだけど、あの味は今でも忘れられない。
「よし。プッチさんもいることだし、瘴気浄化作戦成功を祝って、皆でワインパーティでもしようか?」
「ワインでパーティですと!?」
即座に反応したのはプッチさんだ。
「それは実に良き考えですね! 盛大に祝勝会と行きましょう!」
「いや、祝勝って」
誰かと戦って勝ったわけじゃないんだけど。
「……まぁいいや。丁度、燻製小屋で羊肉の燻製を作ってるところだから、燻製を食べながらワインを楽しもう」
「ほほう! 燻製か!」
ブリジットが颯爽と荷台から降りてくる。
「そういえば燻製小屋の方から何やら良い香りがするなと思っていたのだ! 流石はサタ先輩だ! こうなることを見越して先行して燻製を作っていただなんて、おみそれしたぞ!」
「あ、え……そ、そうかな?」
抜け駆けしてひとりで羊肉の燻製を食べようとしていたなんて言えなくなった。
ちょっと気まずいから燻製小屋に逃げようっと。
「ええと、ワインと一緒に食べるとなると量が必要だから、もっと作ってくるね」
「あっ! 私も手伝いますよ、サタ様!」
元気よくララノが手を挙げる。
それに続いてブリジットがポンと荷馬車を叩いた。
「では私はこの樽を運んでワインの準備をしよう」
「え? あ、えっと、ボクは……ワインのテイスティングをやっておきます!」
「…………」
胡乱な目でプッチさんを見る僕。
それ、ただ抜け駆けしてワインを飲みたいだけなんじゃないですかね。
いやまぁ、プッチさんはお客さんだし別に良いんだけどさ。
そうして、手分けをしてワインパーティの準備を始める僕たち。
そんな僕たちの側を、トリトンの足音を感じさせる一陣の風が、美味しそうな羊肉の香りを乗せて駆けていった。